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番外編 姫との夏休み
第4楽章⑧
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「……亮太って、男も好きな人なのか?」
耳に心地良い三喜雄の声は、亮太の心臓をずぶりと串刺しにした。顔が一気に熱くなる。一瞬迷ったが、コンクールの本選の舞台で第一音を吹いた時のように、亮太は覚悟を決めて言葉を発した。
「……そうですけど何か? しかもおまえみたいなタイプ、割と好みなんですが」
三喜雄の表情に嫌悪感が走ることを予想した亮太だったが、そうはならなかった。彼はふん、と軽く頷き、肩の力を抜く。その反応の意味がわからなくて、亮太のほうが戸惑ってしまった。
「やっぱりそうか……大学の友達にゲイもバイもいるんだけど、ちょっと似た匂いがするなと思ってたから」
三喜雄の声に、亮太はいろいろな意味でぎょっとした。前からそんな風に思われていたらしいことや、三喜雄が落ち着きはらしていることが、ちょっと空恐ろしい。思わず友人を問い詰める。
「そっ、そいつらにも迫られて寝たのか」
「ちょ、早とちりも甚だしいよ……俺はたぶん男は恋愛の対象じゃない」
はっきり答えた三喜雄を押し倒している状況が、何となく気まずくなってきた。亮太は三喜雄が好きだが、現時点でセックスをしたい訳ではないし、そこは何げにしっかり拒絶されていた。
亮太は身体を起こして、三喜雄の左の二の腕を掴み引っ張った。彼は畳の上に右肘をついて、ゆっくりと座る。
「悪い、マジ酔ったみたい……」
気まず過ぎて、亮太は顔を伏せ頭を掻いた。それなのに三喜雄は、亮太を覗きこんでくる。
「大丈夫か、歯を磨いてもう寝よう」
「……じいちゃんもそうだったんだ」
あくまでも優しい三喜雄に、亮太はほとんど投げやりになって告白した。さっきから一番伝えたかったのは、そこだった。
「じいちゃんにも好きな男がいた、でもばあちゃんのことは妻としてそれなりに大事にしてたっぽいし、おかんにはお兄さんがいるんだけど、2人の子どもも可愛がってた」
祖母はおそらく、夫がバイセクシャルだと知っていた。気の強い人だったので、それに関して祖父を問い詰めた可能性もある。それでも、離婚の道は選ばなかった。
亮太が祖父を許せないのは、祖母を苦しめたからだけでなく、恋人だった男性にも、辛い思いをさせたという確信があるからだった。
「じいちゃんの彼氏って、たぶんこのサキソフォニストなんだ」
亮太はブックレットを開き、ピアニストと一緒に写る、アルトサックスを吹く男性を指差した。
「この人は芸大卒でアメリカに留学もしてて、ほとんど我流で吹いてきたじいちゃんとは全然違うエリートだ……でも、じいちゃんといつも組んでた」
説明するうち、何故か泣けそうになってくる。三喜雄はブックレットに顔を近づけた。
「ハンサムな人だなぁ」
「だろ? こんないい男がサックス吹いてモテない訳ないのに独身でさ、52か3で死んでるんだ……それがわかった時に、俺はじいちゃんのせいだと思った」
亮太が一気に話すと、三喜雄はちょっと困ったように眉の裾を下げた。そして口を開きかけたが、それを亮太は遮る。頭の中まで熱くなっていた。
「俺もきっとじいちゃんみたいになるんだよ、楽器吹き散らかすうちに男も女も好きになってさ……でも法的に結婚できるのは女だから、男の恋人とは別れるか、愛人にして奥さんに隠れて会うんだ……誰かを裏切って生きてくことに……」
「亮太、待ってよ、何でそんな決めつける?」
だって、と呟き、亮太は肩を落とす。三喜雄がそう言うであろうことはわかっていた。
「だって、ばあちゃんもおかんも言うんだよ、亮太はお祖父ちゃんによく似てるって」
耳に心地良い三喜雄の声は、亮太の心臓をずぶりと串刺しにした。顔が一気に熱くなる。一瞬迷ったが、コンクールの本選の舞台で第一音を吹いた時のように、亮太は覚悟を決めて言葉を発した。
「……そうですけど何か? しかもおまえみたいなタイプ、割と好みなんですが」
三喜雄の表情に嫌悪感が走ることを予想した亮太だったが、そうはならなかった。彼はふん、と軽く頷き、肩の力を抜く。その反応の意味がわからなくて、亮太のほうが戸惑ってしまった。
「やっぱりそうか……大学の友達にゲイもバイもいるんだけど、ちょっと似た匂いがするなと思ってたから」
三喜雄の声に、亮太はいろいろな意味でぎょっとした。前からそんな風に思われていたらしいことや、三喜雄が落ち着きはらしていることが、ちょっと空恐ろしい。思わず友人を問い詰める。
「そっ、そいつらにも迫られて寝たのか」
「ちょ、早とちりも甚だしいよ……俺はたぶん男は恋愛の対象じゃない」
はっきり答えた三喜雄を押し倒している状況が、何となく気まずくなってきた。亮太は三喜雄が好きだが、現時点でセックスをしたい訳ではないし、そこは何げにしっかり拒絶されていた。
亮太は身体を起こして、三喜雄の左の二の腕を掴み引っ張った。彼は畳の上に右肘をついて、ゆっくりと座る。
「悪い、マジ酔ったみたい……」
気まず過ぎて、亮太は顔を伏せ頭を掻いた。それなのに三喜雄は、亮太を覗きこんでくる。
「大丈夫か、歯を磨いてもう寝よう」
「……じいちゃんもそうだったんだ」
あくまでも優しい三喜雄に、亮太はほとんど投げやりになって告白した。さっきから一番伝えたかったのは、そこだった。
「じいちゃんにも好きな男がいた、でもばあちゃんのことは妻としてそれなりに大事にしてたっぽいし、おかんにはお兄さんがいるんだけど、2人の子どもも可愛がってた」
祖母はおそらく、夫がバイセクシャルだと知っていた。気の強い人だったので、それに関して祖父を問い詰めた可能性もある。それでも、離婚の道は選ばなかった。
亮太が祖父を許せないのは、祖母を苦しめたからだけでなく、恋人だった男性にも、辛い思いをさせたという確信があるからだった。
「じいちゃんの彼氏って、たぶんこのサキソフォニストなんだ」
亮太はブックレットを開き、ピアニストと一緒に写る、アルトサックスを吹く男性を指差した。
「この人は芸大卒でアメリカに留学もしてて、ほとんど我流で吹いてきたじいちゃんとは全然違うエリートだ……でも、じいちゃんといつも組んでた」
説明するうち、何故か泣けそうになってくる。三喜雄はブックレットに顔を近づけた。
「ハンサムな人だなぁ」
「だろ? こんないい男がサックス吹いてモテない訳ないのに独身でさ、52か3で死んでるんだ……それがわかった時に、俺はじいちゃんのせいだと思った」
亮太が一気に話すと、三喜雄はちょっと困ったように眉の裾を下げた。そして口を開きかけたが、それを亮太は遮る。頭の中まで熱くなっていた。
「俺もきっとじいちゃんみたいになるんだよ、楽器吹き散らかすうちに男も女も好きになってさ……でも法的に結婚できるのは女だから、男の恋人とは別れるか、愛人にして奥さんに隠れて会うんだ……誰かを裏切って生きてくことに……」
「亮太、待ってよ、何でそんな決めつける?」
だって、と呟き、亮太は肩を落とす。三喜雄がそう言うであろうことはわかっていた。
「だって、ばあちゃんもおかんも言うんだよ、亮太はお祖父ちゃんによく似てるって」
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