彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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番外編 姫との夏休み

第2楽章③

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「おい片山、俺は警告したはずだ、あの肉食女に近づくなって」
「太田さんと2人きりじゃないよ、北島さんと坂東ばんどうさんと4人で、上野公園の中でお茶したんだ」

 ソプラノの坂東美奈みなは歌曲コースを選択しているため、三喜雄と授業で良く接触している。紗里奈のような危険人物ではないと天音は判断しているが、歌手らしい気の強さは紗里奈に負けておらず、曲の解釈で先生と意見がぶつかると、論破しにかかることもある。
 天音は三喜雄の童貞チックな暢気さが当初心配だったが、声楽を学ぶ学生は女性が圧倒的に多いのは北海道の教育大学でも同じだっただろうから、案外女の扱い(この場合、スルーする技術を指す)に慣れているようだ。
 イチョウ並木を抜けたので、続いてポプラ並木に向かった。イチョウとかなり趣の違うそこは、台風で倒木して以来、通り抜けが制限されている。一度自転車を停めて、風景を楽しむことにした。
 周りには誰もおらず静かで、緩い風が吹くとざわざわと葉が鳴る。緑の匂いが鼻腔をくすぐるが、そこに不快な湿気は無い。三喜雄はイチョウよりも背の高い、青々としたポプラを見上げて、わ、と声を立てた。

「おまえここ初めて?」

 天音が訊くと、三喜雄はうん、と頷く。

「きれいだな、芸大の周りの木より大きくて壮観だ」

 芸大の周辺にもイチョウなどの大木は多いが、ポプラは高さが違う。青い空が近く見えた。

「『こっち向いて笑って、照れないでsmile, smile, smile』……」

 三喜雄が楽し気に歌い始めたので、天音は笑ってしまう。北海道出身のユニットの有名な曲だが、男が歌うのを聞いたことが無かったからだ。

「『早起きで出かけよう、ツユクサにつくしずくが消えない、うちに』」

 三喜雄はこちらに背中を向けて、子どものように頭を軽く左右に振りながら歌う。何気に難しいこのユニットの曲を、リズム通りに一音も外さず歌うのは流石である。放っておくと最後まで歌いそうなので、天音はちょっと突っ込むことにした。

「古いんだけど、どうしてその歌なんだよ」

 三喜雄は上半身だけでくるっとこちらを向いた。その動きが若干ミュージカルがかっていて笑えた。

「こないだ松本がさ、この曲って北海道っぽいのかって訊いてきたから」
「松本? ああ、大阪出身のピアニスト」
「大阪じゃないぞ、神戸だ……その辺関西人は割とこだわってるから気をつけろ、大阪人以外に大阪ですかって言ったら、何故か気を悪くする」

 天音は何だそれ、と言って笑った。ところが三喜雄は歌うのをやめて、大真面目な顔になる。

「いや、富良野が札幌とは全然違うっていうくらい、大阪と神戸は違うらしいんだ」
「は? 神戸と大阪って近いじゃないか……ああ、神戸も京都みたいに、大阪を蔑む感じ悪さがあるのか?」

 天音が問うと、三喜雄はうーん、と首を捻った。

「松本はおまえみたいに感じ悪くないぞ……どうして大阪と一緒にされたくないのか、今度訊いてみる」

 俺みたいに感じ悪いってどういう意味だ! 天音は鼻白む。

「俺は別にどっちでもいいけど……で、おまえこの曲のことは何て答えたんだよ」

 三喜雄は本題に戻ったことに、ああ、と目を見開く。何気にこの男は、こういう反応が面白いので、見ていて飽きない。

「そうだなって答えた、異議ある?」
「いえ、ございませんです」

 天音はちらっと、三喜雄が神戸出身の「結構弾けるのにコンクールで上位を獲れない」と噂のピアニストと、知らぬ間に仲良くしていることが不愉快になる。天音の薄いもやもやも意に介さず、三喜雄はポプラを見上げ、両手を広げて再び歌い始めた。

「『私だけにくれる、あの顔でsmile, smile, smile』……」

 余程気分が良いらしい三喜雄が微笑ましく、天音はスマートフォンを出した。カメラを立ち上げ、無邪気な友人の斜め後ろ姿を、本人の許可も取らずに撮影する。青い空に緑の木立ち、それに彼の白いシャツが如何にも夏らしくて、天音は自分の中の小さなわだかまりを忘れた。
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