彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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終曲/帰省

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 試験が全て終了した日の夜、レッスンやアルバイトがある者の都合も加味し、少し遅い時間から、声楽専攻の1年がほぼ全員集まって前期の打ち上げをした。誰かが酔っ払って歌い始めてもそこそこ上手いので、周囲の酔客が拍手して盛り上げてくれるのは、三喜雄の学部生時代の飲み会事情と変わらない。それに、これまであまり話さなかった面々と話せたのは楽しかった。
 歌う人間が集まる飲み会は凄まじくなることが多いため、覚悟はしていたが、今回もその例に洩れなかった。店側も常連客も芸大生の乱痴気騒ぎに慣れているのか、大目に見てくれるようなのだが、ちょっと恥ずかしい場面もあった。太田紗里奈に絡まれた三喜雄は、塚山と、何故か北島瑠美に助けられた。その後、紗里奈と塚山が上品とは言えない言い合いを始めて、彼らが以前交際していたことを知る内部進学組が囃し立て、大騒ぎになったのである。どういう訳か自分のせいで彼らが喧嘩になったように三喜雄は感じたのだが、真実を深く追求しないほうがいいような気がしている。
 もう少しで紗里奈にホテル街に連れて行かれそうになった三喜雄だったが、瑠美を筆頭とする女子たちの協力で何とかその場を逃れた。これもよくわからないのだが、彼女らは紗里奈と普段仲がいいのに、どうして友人の恋路(?)を邪魔したのだろうか。もちろん三喜雄は紗里奈とそんな関係になることを望んでいないので、ほっとしたが……その代わり瑠美が、塚山くんヤバいよとやたらと言うので、また酔った塚山を泊めなくてはならなくなった。
 塚山は家飲みした時ほどは酔っておらず、無事に三喜雄の部屋に到着するなり、詰問してきた。

「おまえこの間、俺は友達ってことでいいって言ったよな?」

 いきなり何の話かと驚いたが、三喜雄は認めた。あの夜、半分寝ていたものの、確かに塚山にそう言った。三喜雄は飲酒するようになってこのかた、どれだけ酔っても記憶を失くしたことは無い。

「言ったけど、おまえが次の日の朝に、昨夜のいろいろは無かったことにしてくれって頼んだんだろうが」

 そう返すと、塚山はショックを受けた顔になり、すぐに涙目になった。

「そこは無かったことにしなくていいんだよ!」
「何だそれ、意味が分からないんだけど」
「おまえに絡んで泣いたことは墓場まで持って行ってほしい、でも友達ってところは……」

 そこまで言って、塚山はしくしく泣き始めた。あ然としつつも、きっとこれも明日の朝、無かったことにしなくてはいけないだろうと考えると、さすがに三喜雄の頭の中がこんがらがってきた。三喜雄は「友達」にシャワーを使わせ、話が拗れる前にとっとと寝る準備をした。塚山は疲れていたのか、あっさりと眠りに落ちたが、父が同窓会や本社への出張で東京に出てきた時のために買っておいたマットレスは、そんな訳で不本意に大活躍している。
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