彼はオタサーの姫

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
43 / 79
第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場⑦

しおりを挟む
 身も蓋もない三喜雄の言い方に、天音は爆笑した。

「二枚目キャラなんだろ!」
「そこは柔軟に対応しようぜ、考えてみろよ……自分が言葉も通じない土地に赴任することになって、現地の見知らぬ女と……一晩遊ぶだけならともかく、暮らそうと思うか?」

 天音はワインを口に含んで、少し考えてみる。

「俺ならアリかも、気立てのいい美人だと保証してくれてるんだろ?」

 三喜雄は目をまん丸にして、あ然となった。

「マジですか、塚山の趣向は否定しないけど、俺やっぱりおまえとは相容れないわ」
「おい待て、何だそれ、ピンカートンの話じゃないのかよ!」

 天音が思わず言うと、今度は三喜雄が爆笑した。あまりに可笑しそうなので、毒気を抜かれてしまう。

「ちなみに、当時こういうことは割と普通にあったんだって、大学時代にインテリの同期が教えてくれた」

 天音はぎくりとした。時代背景なんか、あまり考えていなかった。三喜雄は続ける。

「蝶々さんみたいに、男が去った後もずっと待ってたとかはレアケースかおそらく無くて、外国人の身の回りの世話をするって名目で同居して、男が帰国したらバイバイ」
「ほんと現地妻だな……じゃあピンカートンにとって、蝶々さんは想定外の当たりだったのかな」

 当たりって、と三喜雄は天音の言葉に苦笑した。

「まあ良家の出でもあるしな、毎日きれいに家を掃除して、庭で咲いた花を床の間に飾って……」

 テーブルを拭いた三喜雄はワインの瓶を持ち、天音にグラスを持つよう促す。

「毎晩食卓を整えて、晩酌につき合う」

 天音のグラスにとぽとぽと澄んだ液体が満たされていく。

「一生懸命勉強した英語で辿々しく訊くんだ、『お疲れさまでした、今日のお勤めはいかがでしたか? すぐにお風呂も用意しますね』」

 きれいな形の目に覗きこまれて、天音の心臓が跳ねた。こいつ白目きれいなんだよな……確かに毎日、家に待っていてくれる人がいるのはほだされる。そうだ、片山とルームシェアしようか。こいつがこんな部屋でキーボードで練習しなくていいように、防音室に共用のピアノを置いて、交代で練習する。
 そこまで考えて、天音は我に返った。ちょっと待て、何で俺と片山が一緒に住む話になってる?

「おまえ酒弱いなぁ、もう顔赤くなってるぞ」

 三喜雄は素に戻って、雑に言った。左手でグラスを握り、変にどきどきする胸を右手で押さえながら、いや、と天音は酔いを否定する。

「色気出して芝居するなよ、変な気分になったぞ」
「はぁ? 酔ってるだろ、でなけりゃ相当欲求不満」

 違う、と咄嗟に天音は叫んだ。それを見て三喜雄はげらげら笑った。

「面白過ぎる、でもマジで変な気分になったなら、それを歌に出せばいいんじゃないかな」
「いい加減なこと言うな」
「いい加減じゃないよ、気持ちが動いた自分の経験とか記憶を、他人の人生に落とし込んで見せるのが芝居だ」

 がぶがぶワインを飲んでいるのに、顔色ひとつ変えずに三喜雄は言った。

「音楽で描写されてることって、人と人との間でうまれる感情が圧倒的に多いから、おまえはもっといろんな人と話したほうがいい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...