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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン
第4場⑥
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ワイングラスなどという小洒落たものは無いらしく、ビールを入れているのと同じグラスが出てきた。ぽん、と大きな音を立てて栓が抜ける。
「おまえフィガロをどう作ってるんだよ」
ロマン派のプッチーニと古典派のモーツァルトでは、キャラクターの作り方が多少変わってくるのだが、天音は敢えて訊いてみる。三喜雄は、大したことないという口調で応じた。
「スザンナとフィガロはちょっと同志感みたいなのがあるし、もう出逢ったばかりでラブラブとかでもないだろうから、あまりベタベタしないようにしてみたんだ」
そこが後妻を迎えるおっさんに見えてしまったと、三喜雄は苦笑混じりに言う。
「でも、かつて恋のキューピッドまで務めた、長いこと仕えてる伯爵に激ギレして、主人がスザンナに手を出そうとするのを全力で阻止するから、ああやっぱりスザンナが好きなんだよな、って感じ?」
それを聞いて天音は、このフィガロは三喜雄そのものだと直感的に思った。三喜雄は何に対しても比較的淡白だが、自分が守りたいものを壊されそうになると、稀に牙を剥く。
天音は温和な三喜雄が、絶対に許さないと口にする人間が1人だけいるのを知っている。その男は、三喜雄が高校時代に仲良くしていた後輩を傷つけ、転学に追い込んだらしいのだ。普段の三喜雄を知る身としてはちょっと信じられないのだが、その許せない男に、後輩のことで面と向かって言葉をぶつけたという。
「……『セビリアの理髪師』のころからストーリー考えてるんだ」
天音はため息混じりに呟く。「セビリアの理髪師」と「フィガロの結婚」はどちらもボーマルシェの戯曲で、オペラの作曲家は違うが、物語とキャラクターは引き継がれている。三喜雄は当然だと言わんばかりだった。
「杉本先生は現役時代、どっちのフィガロも歌ったらしいけど、バリトンにとってはある意味当たり前の発想かも……じゃあピンカートンで考えてみようよ、彼には蝶々さんと出逢う前に、アメリカでの半生があるから、そこを埋める」
埋めるって、何をするんだ。天音が戸惑っていると、三喜雄は新しいグラスに白ワインをなみなみと注ぎ、3枚目のポテトとソーセージのピザの箱を開けた。
「海軍士官で、若いのに極東の日本に派遣されるって微妙だけど、そこは二枚目キャラらしく、帰国後の出世を約束された優秀な人物としておこう」
「え、そういう設定じゃなかった?」
「そうなのか? 勉強不足ですみません」
三喜雄の口先だけの謝罪に天音がぷっと吹き出すと、彼はワインを飲んでから続ける。
「任期は1年だ、婚約者が故郷にいるけれど、日本でかわい子ちゃん紹介するよと言われてその気になるということは?」
「……婚約者とはそんなに好き合ってないのかな」
「かもしれない、それに好奇心の強いスケベだ」
「おまえフィガロをどう作ってるんだよ」
ロマン派のプッチーニと古典派のモーツァルトでは、キャラクターの作り方が多少変わってくるのだが、天音は敢えて訊いてみる。三喜雄は、大したことないという口調で応じた。
「スザンナとフィガロはちょっと同志感みたいなのがあるし、もう出逢ったばかりでラブラブとかでもないだろうから、あまりベタベタしないようにしてみたんだ」
そこが後妻を迎えるおっさんに見えてしまったと、三喜雄は苦笑混じりに言う。
「でも、かつて恋のキューピッドまで務めた、長いこと仕えてる伯爵に激ギレして、主人がスザンナに手を出そうとするのを全力で阻止するから、ああやっぱりスザンナが好きなんだよな、って感じ?」
それを聞いて天音は、このフィガロは三喜雄そのものだと直感的に思った。三喜雄は何に対しても比較的淡白だが、自分が守りたいものを壊されそうになると、稀に牙を剥く。
天音は温和な三喜雄が、絶対に許さないと口にする人間が1人だけいるのを知っている。その男は、三喜雄が高校時代に仲良くしていた後輩を傷つけ、転学に追い込んだらしいのだ。普段の三喜雄を知る身としてはちょっと信じられないのだが、その許せない男に、後輩のことで面と向かって言葉をぶつけたという。
「……『セビリアの理髪師』のころからストーリー考えてるんだ」
天音はため息混じりに呟く。「セビリアの理髪師」と「フィガロの結婚」はどちらもボーマルシェの戯曲で、オペラの作曲家は違うが、物語とキャラクターは引き継がれている。三喜雄は当然だと言わんばかりだった。
「杉本先生は現役時代、どっちのフィガロも歌ったらしいけど、バリトンにとってはある意味当たり前の発想かも……じゃあピンカートンで考えてみようよ、彼には蝶々さんと出逢う前に、アメリカでの半生があるから、そこを埋める」
埋めるって、何をするんだ。天音が戸惑っていると、三喜雄は新しいグラスに白ワインをなみなみと注ぎ、3枚目のポテトとソーセージのピザの箱を開けた。
「海軍士官で、若いのに極東の日本に派遣されるって微妙だけど、そこは二枚目キャラらしく、帰国後の出世を約束された優秀な人物としておこう」
「え、そういう設定じゃなかった?」
「そうなのか? 勉強不足ですみません」
三喜雄の口先だけの謝罪に天音がぷっと吹き出すと、彼はワインを飲んでから続ける。
「任期は1年だ、婚約者が故郷にいるけれど、日本でかわい子ちゃん紹介するよと言われてその気になるということは?」
「……婚約者とはそんなに好き合ってないのかな」
「かもしれない、それに好奇心の強いスケベだ」
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