彼はオタサーの姫

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
42 / 79
第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場⑥

しおりを挟む
 ワイングラスなどという小洒落たものは無いらしく、ビールを入れているのと同じグラスが出てきた。ぽん、と大きな音を立てて栓が抜ける。

「おまえフィガロをどう作ってるんだよ」

 ロマン派のプッチーニと古典派のモーツァルトでは、キャラクターの作り方が多少変わってくるのだが、天音は敢えて訊いてみる。三喜雄は、大したことないという口調で応じた。

「スザンナとフィガロはちょっと同志感みたいなのがあるし、もう出逢ったばかりでラブラブとかでもないだろうから、あまりベタベタしないようにしてみたんだ」

 そこが後妻を迎えるおっさんに見えてしまったと、三喜雄は苦笑混じりに言う。

「でも、かつて恋のキューピッドまで務めた、長いこと仕えてる伯爵に激ギレして、主人がスザンナに手を出そうとするのを全力で阻止するから、ああやっぱりスザンナが好きなんだよな、って感じ?」

 それを聞いて天音は、このフィガロは三喜雄そのものだと直感的に思った。三喜雄は何に対しても比較的淡白だが、自分が守りたいものを壊されそうになると、稀に牙を剥く。
 天音は温和な三喜雄が、絶対に許さないと口にする人間が1人だけいるのを知っている。その男は、三喜雄が高校時代に仲良くしていた後輩を傷つけ、転学に追い込んだらしいのだ。普段の三喜雄を知る身としてはちょっと信じられないのだが、その許せない男に、後輩のことで面と向かって言葉をぶつけたという。

「……『セビリアの理髪師』のころからストーリー考えてるんだ」

 天音はため息混じりに呟く。「セビリアの理髪師」と「フィガロの結婚」はどちらもボーマルシェの戯曲で、オペラの作曲家は違うが、物語とキャラクターは引き継がれている。三喜雄は当然だと言わんばかりだった。

「杉本先生は現役時代、どっちのフィガロも歌ったらしいけど、バリトンにとってはある意味当たり前の発想かも……じゃあピンカートンで考えてみようよ、彼には蝶々さんと出逢う前に、アメリカでの半生があるから、そこを埋める」

 埋めるって、何をするんだ。天音が戸惑っていると、三喜雄は新しいグラスに白ワインをなみなみと注ぎ、3枚目のポテトとソーセージのピザの箱を開けた。

「海軍士官で、若いのに極東の日本に派遣されるって微妙だけど、そこは二枚目キャラらしく、帰国後の出世を約束された優秀な人物としておこう」
「え、そういう設定じゃなかった?」
「そうなのか? 勉強不足ですみません」

 三喜雄の口先だけの謝罪に天音がぷっと吹き出すと、彼はワインを飲んでから続ける。

「任期は1年だ、婚約者が故郷にいるけれど、日本でかわい子ちゃん紹介するよと言われてその気になるということは?」
「……婚約者とはそんなに好き合ってないのかな」
「かもしれない、それに好奇心の強いスケベだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

処理中です...