彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場⑤

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「塚山が歌曲に興味が無いのって、苦手の裏返しなのかなって今思った……歌曲はオペラアリアみたいに、キャラクターとストーリーが固まってる訳じゃないけど、歌の中にストーリーはあるだろ? だから結構自分で練らないといけなくて」

 確かに天音は、歌曲が楽しくない。物語が見えないので、楽譜と歌詞に指示されている以上のことに意識を向けられないからだ。

「想像力と、それを表現する力がオペラアリア以上に必要だと俺は思ってる……何が言いたいかというと、塚山はアリアでも本来必要なところまで考えきれてないんじゃないかな」

 ずけずけ言ってくれるな。それにしても、こんな雄弁な三喜雄は初めて見た気がする。2人で会っても、いつも天音ばかりが話しているせいもあるのだろう。

「性格的なものもあるかな、塚山って常に自分ファーストだし……やっぱ愛だの恋だのって、相手ファーストになる現象だからさ」

 我慢できなくなり、天音は三喜雄を遮る。

「まっ……待てよ、俺は確かに自己中だ、それくらい理解してる、でも愛の歌が歌えないほど感情が欠落してるとは思わないぞ」
「じゃあ例えば、何で太田さんと上手くいかなくなったかじっくり考えたことある?」

 そんなの、あいつが浮気したからだ。ああ、面白くないと言われた。でも、何が面白くなかったのかはわからない。
 天音はビールのグラスを一気に空けて、考えてみる。紗里奈だけではなく、他の女のことも。どうしてみんな、1年くらいしか保たなかった? そもそも、彼女らに温かい感情を抱いたことがあっただろうか。ピンカートンが蝶々さんに対して感じたようなものを。
 よく考えると、天音には同性の友人知人も少ない。別に要らないと思っているから、不便は無いけれど。
 三喜雄は天音のグラスにビールを注いでから、サラダを口に入れ、きゅうりをぽりぽり噛んでいる。それを見ながら思う。
 どうしてこいつは、すぐに誰とでも仲良くなれるんだろう。大学2年のコンクールの本選の時、一緒に出た奴らとやたらと連絡先を交換していた。それに、東京に出てきているこいつの高校時代の知り合いが、舞台をこぞって観に来ていた。どうして、所属しなくなったコミュニティの人間と縁が切れないのだろう。
 天音が返事を寄越さないので、三喜雄は口を開いた。

「俺は藤巻先生から、歌のバックグラウンドを考える作業をかなり仕込まれてると思う、大学の演劇の授業でやったキャラ作りも勉強になった……でも結局、裸の自分が歌う根底に来て、その上にいろいろ足されるんじゃないかと最近思うんだよな」

 三喜雄は立ち上がり、冷蔵庫からワインを出した。それからエアコンの風を少し強くする。ソムリエナイフを持って来ていたので、天音はワインを受け取り、コルクと瓶の間に差しこんだ。

「……考え無しに歌ってるつもりは無いんだけどな」
「だからまだ足りないんだよ、歌うのが楽しい気持ちが先行したら、嬉しい歌も悲しい歌も一緒になってしまうだろ」
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