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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン
第4場④
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三喜雄は苦笑する。
「たぶん大学時代ならこれで大目に見てくれたと思うんだ、やっぱ芸大の院は厳しいな」
同時にマルゲリータに手を伸ばす。糸を引くチーズが、見るからに美味しそうだ。
「おまえのフィガロがおっさんくさいとは俺は思わないけど、太田はまあな……」
天音はピザにかぶりつく。チーズが熱くて口の中が火傷しそうだが、美味しい。にぶちんの三喜雄に、この際はっきり言っておこうと思う。
「あいつおまえとつき合いたいらしいんだけど、絶対やめとけ……あれは見境なく男を味見したがるえぐい女だ」
三喜雄は口をもぐもぐしながら、目を丸くした。ピザを飲み下して訊いてくる。
「俺が目標なの? 塚山は太田さんとよりを戻したいんじゃないのか」
誤解しておいてもらうのは、こうなると難しかった。天音は事実を打ち明けた。
「違う、一生無い」
「あ、そうか……何にしても、元カノ相手に酷い言い方だなあ」
「そこでどうして俺が悪者なんだよ!」
あっという間にマルゲリータが消え、茄子とベーコンのピザの箱が開く。
「いや、何があったか知らないけど……俺も太田さんの噂は聞いてる、女としての太田さんには興味無いし、塚山が心配しなくても大丈夫」
三喜雄はあっさり言い、ビールを飲んだ。
「あー美味しい……野菜も食えよ、野菜が足りないからおまえはいつも感じ悪いんじゃないのか?」
サラダを皿に取り分ける三喜雄を見ていると、酷い言葉を浴びせられても、こいつがいて良かったなと何故か思ってしまう天音である。
「……キャラの温かみが無いって言われた」
ビールに口をつけ、トマトをフォークに刺しながら天音は言った。三喜雄はじっと天音を見つめている。
「北島さん相手だと盛り上がれないってのは正直あるんだ、でもそれ以前に、いつもそうだって」
三喜雄は少し首を傾けて、言った。
「塚山はそんな風に先生から言われたのは初めてなのか?」
「いや……ドリエッレ先生から、情が乗り切らないのが惜しい、みたいに言われたことが……」
杉本からは初めてだが、4回生の春に飛び込み参加した、ミラノの音楽教授の特別レッスンで指摘された。そういう意味だったのかと、今更思う。
互いのグラスにビールを順番に注ぎながら、三喜雄は言葉を継ぐ。
「ぶっちゃけその先生の言うこと、わからなくもない……塚山の歌っていつも安心して聴いてられるし、歌うのが好きなんだなぁってめちゃ伝わるんだけど、たまにその先が……」
その先が? と天音はおうむ返しする。何が足りない。ヒントが欲しい。
「歌の世界に、生身の人間がいないような物足りなさがある」
天音は茄子とベーコンのピザを手にしたまま、三喜雄の忌憚ない言葉に衝撃を受けて固まった。いつもの天音なら、こんな指摘を同世代の人間から受けたら、嫉妬から出た言葉だろうと解釈して鼻で笑うところなのに。彼は続ける。
「たぶん大学時代ならこれで大目に見てくれたと思うんだ、やっぱ芸大の院は厳しいな」
同時にマルゲリータに手を伸ばす。糸を引くチーズが、見るからに美味しそうだ。
「おまえのフィガロがおっさんくさいとは俺は思わないけど、太田はまあな……」
天音はピザにかぶりつく。チーズが熱くて口の中が火傷しそうだが、美味しい。にぶちんの三喜雄に、この際はっきり言っておこうと思う。
「あいつおまえとつき合いたいらしいんだけど、絶対やめとけ……あれは見境なく男を味見したがるえぐい女だ」
三喜雄は口をもぐもぐしながら、目を丸くした。ピザを飲み下して訊いてくる。
「俺が目標なの? 塚山は太田さんとよりを戻したいんじゃないのか」
誤解しておいてもらうのは、こうなると難しかった。天音は事実を打ち明けた。
「違う、一生無い」
「あ、そうか……何にしても、元カノ相手に酷い言い方だなあ」
「そこでどうして俺が悪者なんだよ!」
あっという間にマルゲリータが消え、茄子とベーコンのピザの箱が開く。
「いや、何があったか知らないけど……俺も太田さんの噂は聞いてる、女としての太田さんには興味無いし、塚山が心配しなくても大丈夫」
三喜雄はあっさり言い、ビールを飲んだ。
「あー美味しい……野菜も食えよ、野菜が足りないからおまえはいつも感じ悪いんじゃないのか?」
サラダを皿に取り分ける三喜雄を見ていると、酷い言葉を浴びせられても、こいつがいて良かったなと何故か思ってしまう天音である。
「……キャラの温かみが無いって言われた」
ビールに口をつけ、トマトをフォークに刺しながら天音は言った。三喜雄はじっと天音を見つめている。
「北島さん相手だと盛り上がれないってのは正直あるんだ、でもそれ以前に、いつもそうだって」
三喜雄は少し首を傾けて、言った。
「塚山はそんな風に先生から言われたのは初めてなのか?」
「いや……ドリエッレ先生から、情が乗り切らないのが惜しい、みたいに言われたことが……」
杉本からは初めてだが、4回生の春に飛び込み参加した、ミラノの音楽教授の特別レッスンで指摘された。そういう意味だったのかと、今更思う。
互いのグラスにビールを順番に注ぎながら、三喜雄は言葉を継ぐ。
「ぶっちゃけその先生の言うこと、わからなくもない……塚山の歌っていつも安心して聴いてられるし、歌うのが好きなんだなぁってめちゃ伝わるんだけど、たまにその先が……」
その先が? と天音はおうむ返しする。何が足りない。ヒントが欲しい。
「歌の世界に、生身の人間がいないような物足りなさがある」
天音は茄子とベーコンのピザを手にしたまま、三喜雄の忌憚ない言葉に衝撃を受けて固まった。いつもの天音なら、こんな指摘を同世代の人間から受けたら、嫉妬から出た言葉だろうと解釈して鼻で笑うところなのに。彼は続ける。
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