彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場②

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 すっかり意気消沈したペアに、杉本は笑いかける。

「わかるね? 2人に似合ってるけれど弱点が炙り出される場面をあてたんだ、歌えて動けるなんて君たちには当たり前なんだから、より奥深くを目指しなさい……今のまんまじゃ、お上手でしたねぇ、で終わって、お客さんの心に何も刻めないよ」

 天音の耳には、杉本の言葉の最後のほうは届いていなかった。指摘されたことは、どれだけ楽譜をさらっても身につかない種類のものだとわかっていた。
 研究室を出ると、瑠美はぽそっと言った。

「私が相手じゃあ、塚山くんも盛り上がらないよね」
「そういうこと言うなよ」

 天音は即答した。彼女の言葉も事実だが、おそらくそれ以前の問題である。歌い手としての根幹を揺さぶられて、天音はこれまでになく動揺していた。

「今日は自主練はやめておこう、お互いキャラの練り直し……それでもし動きを変えたくなったら、明日直接言って」

 天音が言うと、瑠美は了解、と力無く微苦笑した。



 授業が終わってすぐに帰宅した天音が思いついたのは、三喜雄と夕飯を食べることだった。彼も杉本から講評をもらっているだろうから、何を言われたのか聞きたかった。
 確か三喜雄は夕方に個人レッスンがあるので、アルバイトには行っていないはずだ。メッセージも送らずに、駅前の酒屋で白ワインを1本買い、山手線とメトロに揺られてのんびりと千駄木に向かう。日が落ちたにも関わらず抜けない暑さに耐えながら、古いマンションの階段を上がり3階に着くと、ちょうど奥の角部屋の扉が開いた。
 そこから姿を覗かせたのは、楽器のケースを背負った、ど厚かましいクラリネッティストだった。天音は緩く舌打ちする。

「お、塚山じゃん……三喜雄、約束してたの?」

 天音に気づいた小田は、部屋の中に向かって言う。三喜雄の上半身が出てきて、顔がこちらを向いた。

「えっ、塚山? こんな時間にどうかした?」
「アポ無しで悪い、メシ食わね?」

 言った天音を見て、小田は唇を歪めた。彼は残念ながら、これからレッスンがあるようだ。さっさと散れと天音は胸の内でうそぶく。
 小田は三喜雄に笑顔を向けた。

「そんじゃまぁ、大体あんなスケジュールで頼むわ」
「わかった、集客したほうがいいのか?」
「もちろん、来てくれそうな人がいるなら呼んで」

 天音は2人の会話に鼻の横がひくついたのを自覚した。小田は何を持ち掛けているんだ? 天音の放つ不穏な空気を察したのか、三喜雄が説明する。

「12月にランチタイムコンサートをするんだ、1年上の柳瀬さんの企画で」

 柳瀬とは確か、器楽専攻のヴァイオリニストだ。自主企画コンサートなんて、またそんな面倒くさいことに首を突っ込んで……。三喜雄を心配していると、小田が話しかけてくる。
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