彼はオタサーの姫

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
37 / 79
第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第4場①

しおりを挟む
 前期試験が近づいた。実技試験を抱える慌ただしさや緊張感は学部の頃と変わらないが、院生になり、先生方の自分たちを見る目がより厳しくなったのを感じる天音である。
 オペラ基礎クラスでは、各グループへの試験前の個別講評がおこなわれた。天音は瑠美と共に、このクラスを担当する杉本すぎもと哥津彦かつひこ教授の研究室に呼び出された。
 楽譜とCDと、割合は少ないが一般書籍で埋まった本棚の前に置かれたソファに、並んで座る。杉本は、まず楽譜を出して、技術面に関する話をする。

「難しい曲をよく読んで暗譜してくれてると思う、たまに強弱が抜けてるから、再度楽譜を見直すように……北島さんは歌詞をもう少し読みこもうか、あと日本物の足元は外股NGで」

 自分と瑠美が音程の乱れなぞ指摘されるはずが無かった。自惚れ抜きで、オペラ基礎クラスの5つのグループの中では、技術的に最高だろうと天音は思う。ただ、瑠美は蝶々さんに必要なドラマティックさと透明感を兼ね備える良い声なのに、華が無い。それが天音の一番の不満だった。
 想定外に、杉本がまず自分を見たので、天音はぎくりとした。

「塚山くんは、何を思って歌ってるのかな……これってどんな場面?」

 えっ、と天音は呟き、警戒する。そんなことを今更確認されるなんて。

「婚礼のごちゃごちゃが終わって、やっとピンカートンが蝶々さんと2人になれて……って場面です」

 杉本は天音の返事に頷いたが、それで? と続けた。

「やっとこの女性を自分のものにできるんだ、と思って歌ってる?」

 もちろんそのつもりだった。はい、と天音は応じたものの、そう見えないから杉本がこんな言い方をしているのは明らかだった。

「それが伝わらないな……周りの人間から何を言われようと、自分と結婚すると決めた、自分よりずっと年下の異国の女性に対する慈しみとか、愛おしさとか」

 天音はこれまで、杉本から解釈面でのダメ出しをあまり受けたことがなかっただけに、ショックだった。杉本はさらに追い打ちをかけてくる。

「ピンカートンは最終的に蝶々さんを不幸にしてしまうけど、彼なりに彼女を大切に思ってるよね?」
「……はい、そうだと思います」
「ならピンカートンの人としての温もりみたいなのが欲しいな、エロスでなくていいから……そういうものがいつも塚山くんには足りない」

 いつも? つまり俺の歌は、人間味が無くて冷たい、ということか。天音の頭の中がじわっと真っ白になった。杉本は続けて、瑠美に話す。

「北島さんは全体的に遠慮し過ぎだな、塚山くんが相手だからなのかな」

 天音がちらっと瑠美を見ると、彼女が肯定しているのがわかった。

「蝶々さんは日本女性的に控えめであっても、決して弱気な流される女性じゃないでしょう? だからピンカートンも惹かれていくんだよね?」

 瑠美は諦めたように、はい、と呟いた。

「じゃあもっと強気でいこう、北島さんの遠慮は、演じられるキャラの幅を狭めてしまうよ……オペラはヒロインのものだからね、タイトルロールで大劇場の座席を全部埋めるくらいの心意気みたいなのを、今回見せてほしい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

まだ、言えない

怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL XXXXXXXXX あらすじ 高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。 “TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。 吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。 「まだ、言えない」気持ちが交差する。 “全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか” 注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m 注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

処理中です...