33 / 79
第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン
第2場②
しおりを挟む
新婚のフィガロとスザンナが、寝室に新しいベッドが入るかサイズを測るなどしながら、仲良しぶりをアピールする、本来なら微笑ましい場面なのだが、天音は見ていて面白くない。超肉食の紗里奈がかわい子ぶり、彼女の手を取って三喜雄が笑いかけるのが、演出とわかっていても不愉快だ。
「ねえねえ片山くん、後で動きの練習しようよ、さっきちょっと立ち位置被りかけたとことか」
授業が終わると、紗里奈はちょっとしなを作りながら三喜雄に話しかけた。天音はすかさず2人に割り込む。
「片山、後でドビュッシーの歌詞の発音教えてくれない? おまえフランス語も得意じゃん」
同時に誘われた三喜雄は、天音と紗里奈を驚いたように見比べる。
「えーっと……俺もフランス語はあんまりだけど……今夜メシ食いながらする? 太田さんはいつ空いてるの?」
オペラは演者の舞台での動きに規則性や制約があるため、場面場面での立ち位置を決め、歌とともに覚える必要がある。どれだけ上手く歌えても、スマートに動けなければ、評価してもらえないのだ。また、立ち位置は最初先生がつけてくれたものを、自分たちで変更することができるが、無意味で無駄な動きになると一からやり直しさせられてしまう。
どう考えても、2人でしなくてはいけない立ち位置の確認のほうが、1人ででもできる歌詞の発音より優先度が高い。苦々しく思いつつ紗里奈に目をやると、彼女は丁寧にマスカラを施した睫毛の間から、純度の高い敵意を含む視線を天音に飛ばしてきた。
「4限終わった後に1時間ほどどうかな? 私今夜レッスンあるし、片山くんもバイトだよね?」
この女、片山のスケジュールを把握してるのか、いつの間に。天音が密かに苦悩していると、助けは思わぬ場所からやってきた。天音とペアを組んでいる、蝶々さん役の北島瑠美だった。
「ねぇ塚山くん、私も立ち位置おさらいしたいんだけど……たぶん4限の後だと自主練室空いてないから、教室借りて4人で使わない?」
天音は瑠美を振り返る。そこにあった、綺麗にアイメイクを施した目を見て、心の中で瑠美ちゃんグッジョブと叫んだ。
「そうだね、それがいいかも」
自分の危機に気づいていない三喜雄が、無邪気に応じる。天音もそうしようかと、あくまでさらりと瑠美に言った。
紗里奈は一瞬不満気な表情を見せたものの、友達である瑠美の提案なので、了承した。
それでその後、机を隅に避けた教室の前半分でフィガロペア、後ろ半分で蝶々さんペアが、鼻歌混じりでうろうろしたり立ち止まったり手を取り合ったりするという、可笑しな光景が繰り広げられた。天音は瑠美と舞台上で必要な意思疎通ができ、三喜雄の貞操の危機を回避することができたので、非常に満足だった。
「ねえねえ片山くん、後で動きの練習しようよ、さっきちょっと立ち位置被りかけたとことか」
授業が終わると、紗里奈はちょっとしなを作りながら三喜雄に話しかけた。天音はすかさず2人に割り込む。
「片山、後でドビュッシーの歌詞の発音教えてくれない? おまえフランス語も得意じゃん」
同時に誘われた三喜雄は、天音と紗里奈を驚いたように見比べる。
「えーっと……俺もフランス語はあんまりだけど……今夜メシ食いながらする? 太田さんはいつ空いてるの?」
オペラは演者の舞台での動きに規則性や制約があるため、場面場面での立ち位置を決め、歌とともに覚える必要がある。どれだけ上手く歌えても、スマートに動けなければ、評価してもらえないのだ。また、立ち位置は最初先生がつけてくれたものを、自分たちで変更することができるが、無意味で無駄な動きになると一からやり直しさせられてしまう。
どう考えても、2人でしなくてはいけない立ち位置の確認のほうが、1人ででもできる歌詞の発音より優先度が高い。苦々しく思いつつ紗里奈に目をやると、彼女は丁寧にマスカラを施した睫毛の間から、純度の高い敵意を含む視線を天音に飛ばしてきた。
「4限終わった後に1時間ほどどうかな? 私今夜レッスンあるし、片山くんもバイトだよね?」
この女、片山のスケジュールを把握してるのか、いつの間に。天音が密かに苦悩していると、助けは思わぬ場所からやってきた。天音とペアを組んでいる、蝶々さん役の北島瑠美だった。
「ねぇ塚山くん、私も立ち位置おさらいしたいんだけど……たぶん4限の後だと自主練室空いてないから、教室借りて4人で使わない?」
天音は瑠美を振り返る。そこにあった、綺麗にアイメイクを施した目を見て、心の中で瑠美ちゃんグッジョブと叫んだ。
「そうだね、それがいいかも」
自分の危機に気づいていない三喜雄が、無邪気に応じる。天音もそうしようかと、あくまでさらりと瑠美に言った。
紗里奈は一瞬不満気な表情を見せたものの、友達である瑠美の提案なので、了承した。
それでその後、机を隅に避けた教室の前半分でフィガロペア、後ろ半分で蝶々さんペアが、鼻歌混じりでうろうろしたり立ち止まったり手を取り合ったりするという、可笑しな光景が繰り広げられた。天音は瑠美と舞台上で必要な意思疎通ができ、三喜雄の貞操の危機を回避することができたので、非常に満足だった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる