彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第2場①

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 まあ互いのオペラ観は夏休みにでもじっくり語らうとして、天音は今、三喜雄にまとわりつく害虫を追い払うのに忙しい。
 まず1匹目は、声楽専攻オペラコースのソプラノ、太田おおた紗里奈さりなだ。天音は学部の2回生の頃、彼女と1年間交際し、別れた。つまり元カノなのだが、彼女は惚れっぽく、授業でペアを組んだ相手と大概妙なことになる(天音もその口だった)。しかも移り気なため、天音は1学年上のバスの男と二股をかけられた挙げ句に捨てられたのだった。女に振られたのは初めてで、「天音くんってイケメンってだけで、思ったよりつまらなかった」などと言われ、女を楽しませることに自信があった天音のプライドはずたずたになった。
 カルメンを地でいくこのソプラノは実力者で、天音は3回生の時に参加した学生向けコンクールのトップも、学部の首席も彼女と争った。留学するのかと思いきや大学院に来て、こともあろうに天音の大切な友人を毒牙にかけようとしているのだ。
 三喜雄は歌曲コースを選択しているが、オペラの基礎クラスは声楽専攻の全員が必修だ。学部の頃とは違い、課題は合唱ではなく、オペラの見どころとなる愛のデュエットや修羅場のトリオなどが与えられるようになり、練習の密度も濃い。そんな授業の中、三喜雄は前期の試験の曲で紗里奈と組むことになった。
 内部進学者は互いの歌をよく知っているし、顔も見飽きている。そのため、外部から大学院に来たメンバーと歌いたがる。男子が少ないこともあり、三喜雄は女子たちから熱い視線を向けられていた。

「もっさり目なのに歌うと印象変わるよね、しかも何げにドルチェな声じゃない?」
「わかる! 笑うと可愛いし親切だし、癒し系~」

 声楽専攻の女子たちは大学の傍の喫茶店に集まり、天音が座る斜め後ろのテーブルで噂話に興じていた。店内に大きな柱があり、天音の姿はおそらく彼女らから見えていない。

「北海道に彼女いるのかなぁ」

 そう話が転んだ時、紗里奈が言い放ったのである。

「いてもまぁ、関係無いかな」

 他の女子たちはくすくす笑いながら、うわ、始まったよ、と口々に言った。それを聞いた天音は、一人で寛ぎ美味しいコーヒーを味わっていた筈が、ぐっと危機感を高めた。女マントヴァめ、片山には手を出させないぞ。ジルダを守ろうとするリゴレットの如く、それから天音は、紗里奈と三喜雄が2人きりにならないよう見張ることにした。
 天音はオペラ基礎クラスで、「蝶々夫人」の1幕最後のデュエットをあてられていた。ピンカートンは歌ってみたかった役のひとつではあるが、相手が学部から一緒のソプラノなので、新鮮味がなくいまひとつ気分が盛り上がらない。それに対して三喜雄は「フィガロの結婚」の1幕冒頭を、紗里奈と愛嬌たっぷりに作り始めていた。三喜雄はフィガロのような喜劇ブッファのバリトンキャラが案外よく似合い、紗里奈も芝居巧者で、容姿もまさしくスザンナのような可愛らしい系のため(だから男はまんまと騙されるのだ)、先生方も良いペアだと認めている節があった。
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