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第3幕/学歴は、洗いません。
第5場③
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「……でも褒めてくれるのはいいから、俺は褒めへんと伸びひんタイプやし」
「伴奏が上手いピアニストは優しい人が多いよ……ソリストは皆勝手だから、寄り添う力が無いと伴奏はできないよな」
片山の言葉に、激しく誘惑されているような感覚を咲真は覚えた。にっこり笑う彼に抱きつきたくなったが、同時に自分の中の冷静な部分が、勘違いするなと理性をノックしてくる。
違う、俺の伴奏が上手いんじゃなくて、こいつが弾きやすいように歌ってくれてる。
歌曲が得意だということは、これまでに片山はいろんなピアニストと、かなり近い距離感で共演している筈だ。その中で彼は、自分の歌いたい音楽を、わかりやすく相手に伝える術を体得しているに違いなかった。
こういうソリストともっと先に行きたいと思えるのは、伴奏者として幸福なのかもしれない。片山はおそらく、かなりいい歌い手だ。そのことをみんなまだ知らないだろうと思うと、優越感のようなものが湧く。
それにこいつ、何げにめちゃいい奴かもしれん。沢山の温度の高い思いが集結した結果、咲真の口から出たのは、妙な愛の告白だった。
「……うん、何か俺あらためて片山のこと好き」
「ほぇ? そりゃどうもありがとう」
変な声を出した片山は、うっすらと頬を染めた。ちょい待て、俺もアレやけどおまえの反応もアレやな! 混乱しつつ、咲真も顔が熱くなるのを止められない。意味わからん!
「……松本はソロでは何を弾くんだ? 伴奏の話ばっかりになってるけど」
片山は話題を変えた。咲真はちょっとほっとしたが、その話題は別の意味でやや辛さを伴う。
「ショパンとドビュッシーの有名どころを用意してるんやけど……あまり合わへんって個人でついてる先生から言われてて」
伴奏のほうが良いのではないかと指摘される以前から、ショパンやリストはあまり合わないと、咲真は指導者から言われがちである。ピアニストにとって、ショパンの大曲はやはり憧れだし、リストが弾けてこそ認めてもらえるという側面がある。だから、これまで出場したコンクールでは選曲の時点で不利になったこともあったと思う。
片山は咲真の話に、共感を示した。
「ピアニストもそういうのあるんだな……歌も作曲家とか時代によって向き不向きがあって」
片山は足許に視線を落とし、続ける。
「俺の声はふわふわしてるし声量も多くないから、例えばヴェルディとかは厳しいことになってる」
「……おまえはヴェルディ歌いたいの?」
「基本オペラはどっちでもいいんだけど、オペラ以外の曲で歌いたい歌はあるよ」
咲真も片山に激しく共感した。
「うーん、めちゃわかるし、院生やからって余計にそういう圧力っぽいもん、あるよなぁ」
「自分に合う曲を見極めて演奏するのが、プロとして大事だってことなんだろうけど」
せっかく楽しく音合わせができたのに、空気が重くなってしまい、咲真の気持ちも下がる。同じような思いだったのだろう、片山は微笑しながら言った。
「学歴ランドリーズでコンサートするんだったら、もういっそ『自分に合わない曲持ってきました!』特集とかやってみたいな」
咲真はぷっと吹き出した。おぼこいくせに、片山はなかなかレジスタンスな発想をする。
「伴奏が上手いピアニストは優しい人が多いよ……ソリストは皆勝手だから、寄り添う力が無いと伴奏はできないよな」
片山の言葉に、激しく誘惑されているような感覚を咲真は覚えた。にっこり笑う彼に抱きつきたくなったが、同時に自分の中の冷静な部分が、勘違いするなと理性をノックしてくる。
違う、俺の伴奏が上手いんじゃなくて、こいつが弾きやすいように歌ってくれてる。
歌曲が得意だということは、これまでに片山はいろんなピアニストと、かなり近い距離感で共演している筈だ。その中で彼は、自分の歌いたい音楽を、わかりやすく相手に伝える術を体得しているに違いなかった。
こういうソリストともっと先に行きたいと思えるのは、伴奏者として幸福なのかもしれない。片山はおそらく、かなりいい歌い手だ。そのことをみんなまだ知らないだろうと思うと、優越感のようなものが湧く。
それにこいつ、何げにめちゃいい奴かもしれん。沢山の温度の高い思いが集結した結果、咲真の口から出たのは、妙な愛の告白だった。
「……うん、何か俺あらためて片山のこと好き」
「ほぇ? そりゃどうもありがとう」
変な声を出した片山は、うっすらと頬を染めた。ちょい待て、俺もアレやけどおまえの反応もアレやな! 混乱しつつ、咲真も顔が熱くなるのを止められない。意味わからん!
「……松本はソロでは何を弾くんだ? 伴奏の話ばっかりになってるけど」
片山は話題を変えた。咲真はちょっとほっとしたが、その話題は別の意味でやや辛さを伴う。
「ショパンとドビュッシーの有名どころを用意してるんやけど……あまり合わへんって個人でついてる先生から言われてて」
伴奏のほうが良いのではないかと指摘される以前から、ショパンやリストはあまり合わないと、咲真は指導者から言われがちである。ピアニストにとって、ショパンの大曲はやはり憧れだし、リストが弾けてこそ認めてもらえるという側面がある。だから、これまで出場したコンクールでは選曲の時点で不利になったこともあったと思う。
片山は咲真の話に、共感を示した。
「ピアニストもそういうのあるんだな……歌も作曲家とか時代によって向き不向きがあって」
片山は足許に視線を落とし、続ける。
「俺の声はふわふわしてるし声量も多くないから、例えばヴェルディとかは厳しいことになってる」
「……おまえはヴェルディ歌いたいの?」
「基本オペラはどっちでもいいんだけど、オペラ以外の曲で歌いたい歌はあるよ」
咲真も片山に激しく共感した。
「うーん、めちゃわかるし、院生やからって余計にそういう圧力っぽいもん、あるよなぁ」
「自分に合う曲を見極めて演奏するのが、プロとして大事だってことなんだろうけど」
せっかく楽しく音合わせができたのに、空気が重くなってしまい、咲真の気持ちも下がる。同じような思いだったのだろう、片山は微笑しながら言った。
「学歴ランドリーズでコンサートするんだったら、もういっそ『自分に合わない曲持ってきました!』特集とかやってみたいな」
咲真はぷっと吹き出した。おぼこいくせに、片山はなかなかレジスタンスな発想をする。
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