27 / 79
第3幕/学歴は、洗いません。
第5場②
しおりを挟む
これ、と片山が開いて見せたのは、「君をのせて」だった。ええやん、と咲真は同意して、ピアノに向かった。
「これと? 片山ってシューベルト得意なんやろ、ベタやけど『菩提樹』とかどないや」
ピアノの蓋の鍵を開けて、スタジオジブリの主題歌集を用意した。片山が横に来て、楽譜が見える場所に立つ。
「俺はいいよ、『菩提樹』は原語か?」
「やな、ドイツ語もできるとこを見せつけたれ」
「誰に何を見せつけるんだよ」
笑い混じりに片山が言うと、咲真は楽しくなり、早速「君をのせて」の前奏を弾き始める。ピアノソロで弾いた時も、客の食いつきが良かった。歌が入れば、きっともっと楽しんでもらえる。そこら辺は、片山の歌次第だが……。彼が息を吸った。
「『あの地平線、輝くのは……どこかに君を、隠しているから』」
おぼこい男子は、予想外に豊かで滑らかな歌声だった。さらに咲真が驚いたのは、彼の歌詞がとても聞き取りやすいことである。日本人でも、日本語の歌が下手な歌手は多い。
さっきまで授業で歌っていたから声帯は温まっているのだろうが、いきなり渡した楽譜なのに、技術的にも危なっかしいところが全く無い。
こいつやるやん。何か耳に心地いい声で、歌に力がある。歌い分けているのかもしれないが、クラシック臭くないのもいいと思った。
それに、テンポ感や息を継ぐタイミングを、こちらにしっかり伝えてくれるので安心だ。じっと彼の顔や身体を見ていなくても、微かな呼吸音が感じ取れる。それで咲真も、一気に曲に乗ることができた。
「おおっ、いけるやん、超ええ感じ」
後奏を弾き終え思わず言った咲真に、片山は照れ笑いのようなものを見せた。彼も楽しかったのだという確信が持て、咲真の気分が高揚した。
「曲目提出しとくわ、もしかしたらもう1曲って言うてくるかも」
軽くはしゃぐ咲真を見て、片山はわかった、と軽く応じた。
「これでお金になるのかぁ」
しみじみと言う片山が可笑しい。今回は少し特殊な仕事ではあるが、演奏して金を得る、つまり演奏レベルに一定の責任が発生するという経験は、多いほうがいい。
「まあでも楽しくやろう、お客さん近いしこっちの感情伝わるからな」
「へぇ……今何か松本のこと尊敬した」
人の良さげな笑顔を向ける片山を見て、やっぱりおぼこい、と咲真は思う。ところが彼は、可愛らしささえ感じる笑顔のまま、咲真の急所に矢を放った。
「松本って、伴奏目指してるの?」
えっ。咲真は自分でもおかしいと思うくらい動揺した。あ、いや、と意味を成さない音が唇から洩れる。
片山は咲真の顔を見て、何かを察したようだった。
「ごめん、余計なこと言ったかな」
おそらく彼は、咲真が彼の音楽家としての履歴を調べたように、咲真の無駄に多い戦歴を目にしたのだろう。コンクールでどうしても3位以内に入れない中で、期せずして受賞した「ベスト・アンサンブル・ピアニスト賞」は、否が応でも目立つ筈だ。
「……片山が謝ることちゃうし……まあな、お察しの通り悩ましいところなんです」
冗談めかして答えつつ、歪んだ笑いが出てしまう。片山は眉の裾を下げた。
「そうか、すっげ歌いやすかったって言いたかったんだけど、やめとく」
それを聞いた咲真は、ぴょこんと心臓が跳ねたのを感じたが、ピアノの椅子の上で、がくっと左肩を落とす関西人的反応をしてしまった。
「言うてるやんけ」
「あっごめん」
真面目に謝る片山はやはり少しボケ寄りである。とは言え、嬉しいのは確かだった。
「これと? 片山ってシューベルト得意なんやろ、ベタやけど『菩提樹』とかどないや」
ピアノの蓋の鍵を開けて、スタジオジブリの主題歌集を用意した。片山が横に来て、楽譜が見える場所に立つ。
「俺はいいよ、『菩提樹』は原語か?」
「やな、ドイツ語もできるとこを見せつけたれ」
「誰に何を見せつけるんだよ」
笑い混じりに片山が言うと、咲真は楽しくなり、早速「君をのせて」の前奏を弾き始める。ピアノソロで弾いた時も、客の食いつきが良かった。歌が入れば、きっともっと楽しんでもらえる。そこら辺は、片山の歌次第だが……。彼が息を吸った。
「『あの地平線、輝くのは……どこかに君を、隠しているから』」
おぼこい男子は、予想外に豊かで滑らかな歌声だった。さらに咲真が驚いたのは、彼の歌詞がとても聞き取りやすいことである。日本人でも、日本語の歌が下手な歌手は多い。
さっきまで授業で歌っていたから声帯は温まっているのだろうが、いきなり渡した楽譜なのに、技術的にも危なっかしいところが全く無い。
こいつやるやん。何か耳に心地いい声で、歌に力がある。歌い分けているのかもしれないが、クラシック臭くないのもいいと思った。
それに、テンポ感や息を継ぐタイミングを、こちらにしっかり伝えてくれるので安心だ。じっと彼の顔や身体を見ていなくても、微かな呼吸音が感じ取れる。それで咲真も、一気に曲に乗ることができた。
「おおっ、いけるやん、超ええ感じ」
後奏を弾き終え思わず言った咲真に、片山は照れ笑いのようなものを見せた。彼も楽しかったのだという確信が持て、咲真の気分が高揚した。
「曲目提出しとくわ、もしかしたらもう1曲って言うてくるかも」
軽くはしゃぐ咲真を見て、片山はわかった、と軽く応じた。
「これでお金になるのかぁ」
しみじみと言う片山が可笑しい。今回は少し特殊な仕事ではあるが、演奏して金を得る、つまり演奏レベルに一定の責任が発生するという経験は、多いほうがいい。
「まあでも楽しくやろう、お客さん近いしこっちの感情伝わるからな」
「へぇ……今何か松本のこと尊敬した」
人の良さげな笑顔を向ける片山を見て、やっぱりおぼこい、と咲真は思う。ところが彼は、可愛らしささえ感じる笑顔のまま、咲真の急所に矢を放った。
「松本って、伴奏目指してるの?」
えっ。咲真は自分でもおかしいと思うくらい動揺した。あ、いや、と意味を成さない音が唇から洩れる。
片山は咲真の顔を見て、何かを察したようだった。
「ごめん、余計なこと言ったかな」
おそらく彼は、咲真が彼の音楽家としての履歴を調べたように、咲真の無駄に多い戦歴を目にしたのだろう。コンクールでどうしても3位以内に入れない中で、期せずして受賞した「ベスト・アンサンブル・ピアニスト賞」は、否が応でも目立つ筈だ。
「……片山が謝ることちゃうし……まあな、お察しの通り悩ましいところなんです」
冗談めかして答えつつ、歪んだ笑いが出てしまう。片山は眉の裾を下げた。
「そうか、すっげ歌いやすかったって言いたかったんだけど、やめとく」
それを聞いた咲真は、ぴょこんと心臓が跳ねたのを感じたが、ピアノの椅子の上で、がくっと左肩を落とす関西人的反応をしてしまった。
「言うてるやんけ」
「あっごめん」
真面目に謝る片山はやはり少しボケ寄りである。とは言え、嬉しいのは確かだった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
病んでる僕は、
蒼紫
BL
『特に理由もなく、
この世界が嫌になった。
愛されたい
でも、縛られたくない
寂しいのも
めんどくさいのも
全部嫌なんだ。』
特に取り柄もなく、短気で、我儘で、それでいて臆病で繊細。
そんな少年が王道学園に転校してきた5月7日。
彼が転校してきて何もかもが、少しずつ変わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最初のみ三人称 その後は基本一人称です。
お知らせをお読みください。
エブリスタでも投稿してましたがこちらをメインで活動しようと思います。
(エブリスタには改訂前のものしか載せてません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる