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第3幕/学歴は、洗いません。
第3場①
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「学歴ロンダリング?」
千駄木駅に程近い気取りの無い居酒屋で、咲真はあの日何故「ねこふんじゃった」やブルグミュラーを弾き散らかしていたのかを、焼酎片手に片山に説明していた。片山は生ビールを飲みながら、焼き鳥に齧りついている。
「そうや、同級生にそんな言われ方してやなぁ、しかもみんなサラリーマンになって、音楽は一旦終わりとか言うて……」
酔いが回ってきて、咲真は情けなくて泣きそうになる。学部時代、音楽専修コースの器楽専攻の面々は皆仲が良く、切磋琢磨しながら4年間を過ごしたと咲真は思っていたが、蓋を開けてみると半数以上が民間企業に就職していた。
この間は大阪に暮らす3人の同期が、帰省した咲真に会いたいと言って、咲真が新幹線で東京に戻る直前に、神戸の三宮でランチをする段取りをしてくれた。ところが軽くビールを入れたせいか、1人が咲真に、笑いながら不躾にも言ったのである。
「学歴ロンダリングまでするんやから、咲真は絶対ピアノでメシ食って行かなあかんな」
かちんときた。咲真は東京の芸大の院に行くことで、大阪の教育大を卒業した経歴に上書きをしたいなどとは考えていない。あとの2人は、その言葉に咲真が気を悪くしたのを察した様子だったが、笑いに逃げた。それも癪に触った。
片山は真面目な表情でふんふん、と相槌を打った。
「その言い方はちょっとなぁ」
「腹立つやろ、人が学歴詐称してるみたいに……音楽捨てる奴らに言われたないっ」
つい焼酎のグラスをがつんとテーブルに置いてしまい、まあまあ、と片山に慰められる。
「あっでも、友達も皆が好きで民間企業を選んだ訳じゃないだろうから、松本のその言い方も良くないと思う」
「は? 片山どっちの味方なん?」
「すぐに敵味方とか言うな、中学生かよ」
おぼこい風貌のくせに、酒が入った片山は、なかなか毒のある言葉遣いで攻めてくる。咲真は噛みつきたくなったが、先に片山が口を開いた。
「その人もしかしたら、東京でも頑張れって言いたかったんじゃないか?」
何……? 頭の上に盥が落ちてきたような気がした。その瞬間、もやもやしていたものが、風にさっと払われる。そう言われてみれば、そう受け取れなくもない……。
咲真は今度は、自分が情けなくなる。学歴ロンダリングという言葉にかっとなって、今まで友人の気持ちに考えが至らなかった。もしかすると、音楽で生きて行くことを諦めた彼の、羨望をこめたエールだったのかもしれない。これって……俺があかんやつやん。
片山は黙りこんだ咲真を見て、通りかかった店員に素早くオーダーを通した。
「すみません、生搾りレモンのチューハイください、松本は焼酎でいいの?」
「は? あっ、俺も生搾りチューハイ……グレープフルーツで」
また毒気を抜かれた気がして、咲真はひとつ息をつく。チューハイがやってくると、あらためて乾杯した。咲真はまるで賢者モードに入ったかのように、反省の弁を述べる。
「いや、確かに俺が浅はかやった、せっかく見送りに来てくれた奴らに勝手に腹立てて」
すると片山はいひひ、と嫌らしい笑い方をした。
「大阪の人ってみんなそんなシンプルな感じ?」
咲真はその言葉に、片山をじろりと睨みつける。
「待った、俺は大阪人ちゃう、神戸人や……一緒にすんな」
自宅からの通学は厳しかったので、大阪府内で4年間暮らしたが、咲真は自分が神戸人であり、決して大阪人ではないと考えている。
千駄木駅に程近い気取りの無い居酒屋で、咲真はあの日何故「ねこふんじゃった」やブルグミュラーを弾き散らかしていたのかを、焼酎片手に片山に説明していた。片山は生ビールを飲みながら、焼き鳥に齧りついている。
「そうや、同級生にそんな言われ方してやなぁ、しかもみんなサラリーマンになって、音楽は一旦終わりとか言うて……」
酔いが回ってきて、咲真は情けなくて泣きそうになる。学部時代、音楽専修コースの器楽専攻の面々は皆仲が良く、切磋琢磨しながら4年間を過ごしたと咲真は思っていたが、蓋を開けてみると半数以上が民間企業に就職していた。
この間は大阪に暮らす3人の同期が、帰省した咲真に会いたいと言って、咲真が新幹線で東京に戻る直前に、神戸の三宮でランチをする段取りをしてくれた。ところが軽くビールを入れたせいか、1人が咲真に、笑いながら不躾にも言ったのである。
「学歴ロンダリングまでするんやから、咲真は絶対ピアノでメシ食って行かなあかんな」
かちんときた。咲真は東京の芸大の院に行くことで、大阪の教育大を卒業した経歴に上書きをしたいなどとは考えていない。あとの2人は、その言葉に咲真が気を悪くしたのを察した様子だったが、笑いに逃げた。それも癪に触った。
片山は真面目な表情でふんふん、と相槌を打った。
「その言い方はちょっとなぁ」
「腹立つやろ、人が学歴詐称してるみたいに……音楽捨てる奴らに言われたないっ」
つい焼酎のグラスをがつんとテーブルに置いてしまい、まあまあ、と片山に慰められる。
「あっでも、友達も皆が好きで民間企業を選んだ訳じゃないだろうから、松本のその言い方も良くないと思う」
「は? 片山どっちの味方なん?」
「すぐに敵味方とか言うな、中学生かよ」
おぼこい風貌のくせに、酒が入った片山は、なかなか毒のある言葉遣いで攻めてくる。咲真は噛みつきたくなったが、先に片山が口を開いた。
「その人もしかしたら、東京でも頑張れって言いたかったんじゃないか?」
何……? 頭の上に盥が落ちてきたような気がした。その瞬間、もやもやしていたものが、風にさっと払われる。そう言われてみれば、そう受け取れなくもない……。
咲真は今度は、自分が情けなくなる。学歴ロンダリングという言葉にかっとなって、今まで友人の気持ちに考えが至らなかった。もしかすると、音楽で生きて行くことを諦めた彼の、羨望をこめたエールだったのかもしれない。これって……俺があかんやつやん。
片山は黙りこんだ咲真を見て、通りかかった店員に素早くオーダーを通した。
「すみません、生搾りレモンのチューハイください、松本は焼酎でいいの?」
「は? あっ、俺も生搾りチューハイ……グレープフルーツで」
また毒気を抜かれた気がして、咲真はひとつ息をつく。チューハイがやってくると、あらためて乾杯した。咲真はまるで賢者モードに入ったかのように、反省の弁を述べる。
「いや、確かに俺が浅はかやった、せっかく見送りに来てくれた奴らに勝手に腹立てて」
すると片山はいひひ、と嫌らしい笑い方をした。
「大阪の人ってみんなそんなシンプルな感じ?」
咲真はその言葉に、片山をじろりと睨みつける。
「待った、俺は大阪人ちゃう、神戸人や……一緒にすんな」
自宅からの通学は厳しかったので、大阪府内で4年間暮らしたが、咲真は自分が神戸人であり、決して大阪人ではないと考えている。
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