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第2幕/ふたつ隣の部屋
第5場①
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今回の帰省中、つい片山の話題が増えていたらしい。いい友達ができたんだなと父に感心され、妹と弟からは夏休みに三喜雄を連れてこいと言われ、母からは三喜雄くんへのおみやげにと、昨年販売を始めた動物クッキーを強引に持たされた。
実家でこんな会話を交わしていたせいで、亮太はアルバイトからマンションに戻り、ちょうどコンビニの袋片手に部屋に入ろうとしていた片山の姿を見るなり、三喜雄、と呼びかけてしまった。彼はこちらを見て、笑顔になった。
「お疲れさま、横浜から戻るなりバイトか」
片山はいきなり亮太から名前を呼ばれたことに対して、変な顔はしなかったが、亮太のほうが少し照れくさくて勝手にむずむずした。
「今日人がいないって言われてさ……そちらこそ遠路お疲れ、ちょっと待ってくれる?」
亮太はそそくさと自室の鍵を開け、実家から持ち帰った小袋をキッチンのテーブルから取りあげる。片山は共用廊下で待っていてくれた。
うちのおかんから、と言って亮太が紙袋を手渡すと、彼は中を覗き、パンダや犬の顔型のクッキーを手に取ってじっと見た。
「ありがとう、亮太のおかんは俺を幾つだと思ってるんだ?」
片山は笑いながら、今までもそうしていたかのように、亮太を下の名で呼ぶ。亮太はちょっと嬉しい。
「俺の同期と理解してるはずだ」
「そう? これ可愛いなぁ……うちも俺が世話をかけてるからって、おみやげ持たせてくれたんだ」
片山はぱたぱたと部屋に戻り、すぐに廊下に出てきて亮太に紙袋を差し出した。そこには瓶詰めのスープカレーの素が入っていた。本格的なそれを作ることができるのかと思うと、自炊男子としてはときめきを隠せない。
亮太はこんな時間に申し訳ないと思いつつ、早く話をしたくて片山を部屋に招いた。彼がここに入るのは初めてなので、興味津々の様子である。亮太がここで暮らし始めて5年目のため、片山の部屋と比べると、かなり物も多い。同じ間取りなのにかなり自分の部屋と雰囲気が違うとでも、片山は思っていそうだった。
冷やした茶をグラスに入れて客人に出し、近々抱えているライブで歌う予定の歌手が怪我をしてしまった話を手短にする。
「それでだな、おまえに代役の指名が来てる」
「は?」
変な沈黙が流れた。無茶振りではあるが、本番まで2週間、片山がそれなりの経験を積んでいるプレイヤーなら、2曲くらい屁でもないはずだ。ただ、ライブハウスでドラムとベースをバックに、マイクを使って歌ったことは無いかもしれない。
亮太はよく考えると、片山が学部生時代に歌手としてどんな曲を舞台に上げてきたのか、詳しいことを知らなかった。しかし彼はちょっと笑って、きっぱり言う。
「俺が歌える曲なら手伝う、恩返しもしたいから」
「……雑炊作ったことなら、気にするなって言っただろ? 『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』と……」
亮太が言うなり、片山はその曲の最初の1節をさらっと口ずさんだ。有名な曲なので彼が知っていてもおかしくはないが、クラシック歌いの割に英語が上手なので驚いた。
それに何よりも、片山の容姿から想像できない温かな色気が、その声にあった。元々良い声質なのだろうが、この滑らかな響きは、かなりの訓練で体得したものに違いなかった。最近覇気の無い天崎より、絶対にいいと直感する。
「うんうん、それともう1曲……バッハやヘンデルは歌う? バロックはジャズと相性がいいから、よく演るんだ」
亮太の説明に、そうなんだ、と片山は感心する。
「バロックはそこそこ歌ってるかも」
「『ビスト・ドゥ・バイ・ミア』はどうよ」
意を決して曲名を挙げると、片山はにっと笑った。
実家でこんな会話を交わしていたせいで、亮太はアルバイトからマンションに戻り、ちょうどコンビニの袋片手に部屋に入ろうとしていた片山の姿を見るなり、三喜雄、と呼びかけてしまった。彼はこちらを見て、笑顔になった。
「お疲れさま、横浜から戻るなりバイトか」
片山はいきなり亮太から名前を呼ばれたことに対して、変な顔はしなかったが、亮太のほうが少し照れくさくて勝手にむずむずした。
「今日人がいないって言われてさ……そちらこそ遠路お疲れ、ちょっと待ってくれる?」
亮太はそそくさと自室の鍵を開け、実家から持ち帰った小袋をキッチンのテーブルから取りあげる。片山は共用廊下で待っていてくれた。
うちのおかんから、と言って亮太が紙袋を手渡すと、彼は中を覗き、パンダや犬の顔型のクッキーを手に取ってじっと見た。
「ありがとう、亮太のおかんは俺を幾つだと思ってるんだ?」
片山は笑いながら、今までもそうしていたかのように、亮太を下の名で呼ぶ。亮太はちょっと嬉しい。
「俺の同期と理解してるはずだ」
「そう? これ可愛いなぁ……うちも俺が世話をかけてるからって、おみやげ持たせてくれたんだ」
片山はぱたぱたと部屋に戻り、すぐに廊下に出てきて亮太に紙袋を差し出した。そこには瓶詰めのスープカレーの素が入っていた。本格的なそれを作ることができるのかと思うと、自炊男子としてはときめきを隠せない。
亮太はこんな時間に申し訳ないと思いつつ、早く話をしたくて片山を部屋に招いた。彼がここに入るのは初めてなので、興味津々の様子である。亮太がここで暮らし始めて5年目のため、片山の部屋と比べると、かなり物も多い。同じ間取りなのにかなり自分の部屋と雰囲気が違うとでも、片山は思っていそうだった。
冷やした茶をグラスに入れて客人に出し、近々抱えているライブで歌う予定の歌手が怪我をしてしまった話を手短にする。
「それでだな、おまえに代役の指名が来てる」
「は?」
変な沈黙が流れた。無茶振りではあるが、本番まで2週間、片山がそれなりの経験を積んでいるプレイヤーなら、2曲くらい屁でもないはずだ。ただ、ライブハウスでドラムとベースをバックに、マイクを使って歌ったことは無いかもしれない。
亮太はよく考えると、片山が学部生時代に歌手としてどんな曲を舞台に上げてきたのか、詳しいことを知らなかった。しかし彼はちょっと笑って、きっぱり言う。
「俺が歌える曲なら手伝う、恩返しもしたいから」
「……雑炊作ったことなら、気にするなって言っただろ? 『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』と……」
亮太が言うなり、片山はその曲の最初の1節をさらっと口ずさんだ。有名な曲なので彼が知っていてもおかしくはないが、クラシック歌いの割に英語が上手なので驚いた。
それに何よりも、片山の容姿から想像できない温かな色気が、その声にあった。元々良い声質なのだろうが、この滑らかな響きは、かなりの訓練で体得したものに違いなかった。最近覇気の無い天崎より、絶対にいいと直感する。
「うんうん、それともう1曲……バッハやヘンデルは歌う? バロックはジャズと相性がいいから、よく演るんだ」
亮太の説明に、そうなんだ、と片山は感心する。
「バロックはそこそこ歌ってるかも」
「『ビスト・ドゥ・バイ・ミア』はどうよ」
意を決して曲名を挙げると、片山はにっと笑った。
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