彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第2幕/ふたつ隣の部屋

第3場②

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「身体辛いのに悪いな、何か作って持って来ようかと思って」

 亮太が言うと、白い顔をして瞼を重そうにした片山は、ありがと、と小さく答えた。眠っていたのか、前髪を乱して、Tシャツとジャージといういでたち以上にくたびれて見える。どちらかが発熱すると必ずもう片方も寝込み、2人でしょぼくれる双子の妹と弟を思い出し、放っておけない亮太はやや強引に部屋の中に入った。

「腹壊してるのか? 水分摂ってないだろ」
「お腹は大丈夫、さっきプリン食べた」

 亮太が玄関に上がると、片山はふらふらとベッドに戻った。1Kの12畳のリビングには、キーボードと簡易譜面台と小さな机、それに本棚だけが置かれて、まだあまり生活感が無かったが、キッチンにはこまこまと物が並んでいる。封が切られた風邪薬も置いてあった。
 何か飲ませようと思い、本人に断って冷蔵庫を開けると、幾つかの調味料と牛乳、ペットボトルの水以外は見事に何も無く、塚山が手にしていたケーキ店の小箱がやけに恭しく置かれていた。そこには手がつけられていないプリンが2個入っており、亮太は呆れてしまう。あいつ馬鹿なのか? 病人にプリンばかり食わせてどうするんだよ。
 すると片山の力の無い声が届いた。

「空っぽだろ、昨日買い物するつもりでいたんだけど」

 こんなこともあろうかと、スーパーに寄って来たのだ。亮太は玄関に向かい、スニーカーに足を入れた。

「うちから持ってくる、寝てろ」

 5分後、亮太は雑炊を作るべく、片山の部屋のキッチンに立っていた。レトルトごはんを電子レンジで温める。これを水と一緒に小鍋で煮て、雑炊のもとと溶き卵を入れ、刻み葱を振ったら出来上がりだ。先に渡したスポーツドリンクのペットボトルを持ち、片山がベッドから出てくるので、亮太は命じる。

「こっちはいいから、辛くないならシャワー浴びて着替えてこいよ、洗濯するわ」
「えっ、でも」
「夜干しでも乾くぞ」

 きょうだいに言うように片山に指示してしまい、やり過ぎたかと亮太は思ったが、彼はおとなしく言われた通りに浴室に向かった。雑炊が出来上がる頃にドライヤーを使う音がして、まだ冴えない表情ではあったが、片山はさっぱりした様子でリビングに出てきた。
 亮太は勝手に食器棚から茶碗を出し、熱々の雑炊をよそう。匂いを嗅ぐ限りでは、良い出来のはずだ。
 れんげは無かったが、木のスプーンがあった。買ってきた冷たい茶をガラスのコップに注ぎ、自室から持参した小さな盆の上に茶碗と一緒に載せる。
 亮太はベッドに座る片山に盆を渡した。

「枕カバーは替えた、洗濯機回すぞ」
「あ……ほんとにお世話かけます……」

 亮太は片山がスプーンを手にしたのを見てから、洗面台の横の洗濯機に向かった。自分の部屋と間取りが一緒なので、勝手知ったものである。
 洗い物は3日分ほどのようだが、少なかった。大人の男1人が出す洗濯物など本当にたかが知れていると、液体洗剤をキャップで量りながら亮太は思う。
 洗濯機が注水を始めたのを確認してから、亮太はリビングに戻った。片山は雑炊を吹いて冷ましながら、ゆっくり口に入れている。

「小田、夕ご飯は?」
「俺8時からバイトなんだ、食べさせてもらう」

 答えると、片山は申し訳なさそうに眉の裾を下げた。亮太の世話焼き本能がぷわぷわと膨らむ。

「気にしないでくれ、困った時はお互い様だ……もし明日の朝熱が下がってなかったら、スーパーのもう少し先に柳瀬やなせって医院があるから、診てもらうといいよ」

 やなせ、と片山は復唱した。

「1学年上のヴァイオリンの柳瀬さんの実家なんだ、お母さんが内科医でお父さんが整形外科医」

 亮太の説明に、へぇ、と片山は感心した顔になる。

「たぶんここに住んでる奴は皆世話になってると思う」
「ふうん、それは安心……いろいろありがとう」

 雑炊を口へ運ぶ片山は頼りなさげではあったが、やはり食べ物を身体に入れると、目の輝きが戻ってきた。

「美味しかった」

 最後のひと匙を飲み下すと、片山はそう言ってから茶を飲んだ。市販の薬の効能をあまり信じていない亮太だが、飲まないよりはましだろうと思い、風邪薬と水を持ってくる。
 片山は薬を飲んでから、空になった茶碗の中に視線を落として、押し黙っていた。割と雑炊の量が多かったので、プリン共々食べ過ぎたのかと、亮太は軽く彼を覗き込む。
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