50 / 55
3 7月下旬
色相と空①
しおりを挟む
泰生が復活した木村さんと共に、喫茶淡竹でモーニングのばたばたを捌き終える頃、岡本がキャリーケースを引いて出勤してきた。それを見て、店長の森は呆れ半分に笑う。
「仕事終わってから一回帰りぃや」
「いやぁ、暑いから移動は極力減らしたいんですって」
「まさしく直帰やな」
岡本は木村さんに苦笑されながら、銀色の四角い箱を、カウンターの中の奥に転がした。
泰生は、今日岡本が実家に帰ることをやっと察する。彼は泰生に訊いてきた。
「加太の海水浴場、来週の月曜に来ると思といてええ?」
「あ、うん、たぶんそうなる」
岡本は泰生が旅行で加太に行くと知り、もし会えたら会おうと言ってきた。海水浴場の海の家を経営する親戚がおり、帰省中は店舗を手伝っているというのだ。よく働くやっちゃなと泰生は思う。
泰生が早めの賄いのチーズトーストをカウンターの隅で食べ始めると、エプロン姿の岡本が洗い物を始め、井上さんがタイムカードを打刻した。
「文哉くんはお盆明けまで元気でな、泰生くんはまた明日」
「お疲れさまです」
木村さんは普段なら賄いを食べて帰るのだが、夏休み中の子どもたちの昼食を作るべく、すぐに店を出た。かつては母もそうだったので、泰生には木村さんの事情がよく理解できた。
「で? 長谷川くん後で石田先生とこ行くんか?」
森に訊かれて、はい、と頷いた。今日朝一番に、教会の石田牧師がモーニングを食べに来た。この間の礼を言いたかったのだが、忙しくてままならなかったため、教会に行こうと思ったのだ。
食洗器にグラスを丁寧に並べていた岡本が、こちらを振り返った。
「長谷川いつの間に教会行ってきたん? 何か知らんけど牧師って結構忙しいらしいし、居てはるかな」
「火曜は幼稚園に夕方まで居てる子が多いみたいやし、先生もおると思うわ」
森の言葉に、さすが近所の情報網だと泰生は感心した。せっかく情報を得たので、ちょっと暑いのが嫌だが、やはりすぐに教会に行くことにした。
商店街周辺に勤務する会社員たちは、食事を終えてからコーヒーを飲みに淡竹に来るので、平日は12時半から14時辺りが案外忙しい。泰生はこの波が引き、岡本が賄いを胃袋に収めるまで働いた。お盆明けまでしばらく顔を合わせないので、ちょっと岡本との別れを惜しむ。
「ほな海の家の名前と場所教えて、行けそうやったら行くし」
「おう、食うもんはたぶんまけられへんけど、浮き輪とかパラソルは応相談やで」
岡本は明るく、またな、と言い、森と一緒に泰生を見送ってくれた。
泰生はそのまま、商店街を駅のほうに戻って行き、2つの私鉄に駅を通り過ぎて和風建築の教会に向かった。アーケードを向けた途端に殺人的な陽射しが襲ってきて、あっという間に汗が吹き出す。
園児がいるので仕方ないのだが、こんな日に限って教会の門が閉まっていた。泰生は迷わずインターフォンを押す。石田が直ぐに出てくれた。
「ああ、長谷川くん? 鍵開けるし30秒で入って」
門のどこかがカチッと鳴った。泰生は門扉を押したが、鉄の熱さにあちっ! と独りで叫んでしまった。
教会の入口では今日も蚊取り線香が細い煙を上げていた。蚊が入るなら閉めたらいいのにと先日も思ったのだが、教会の扉は常に開けておくのが原則だという。
「仕事終わってから一回帰りぃや」
「いやぁ、暑いから移動は極力減らしたいんですって」
「まさしく直帰やな」
岡本は木村さんに苦笑されながら、銀色の四角い箱を、カウンターの中の奥に転がした。
泰生は、今日岡本が実家に帰ることをやっと察する。彼は泰生に訊いてきた。
「加太の海水浴場、来週の月曜に来ると思といてええ?」
「あ、うん、たぶんそうなる」
岡本は泰生が旅行で加太に行くと知り、もし会えたら会おうと言ってきた。海水浴場の海の家を経営する親戚がおり、帰省中は店舗を手伝っているというのだ。よく働くやっちゃなと泰生は思う。
泰生が早めの賄いのチーズトーストをカウンターの隅で食べ始めると、エプロン姿の岡本が洗い物を始め、井上さんがタイムカードを打刻した。
「文哉くんはお盆明けまで元気でな、泰生くんはまた明日」
「お疲れさまです」
木村さんは普段なら賄いを食べて帰るのだが、夏休み中の子どもたちの昼食を作るべく、すぐに店を出た。かつては母もそうだったので、泰生には木村さんの事情がよく理解できた。
「で? 長谷川くん後で石田先生とこ行くんか?」
森に訊かれて、はい、と頷いた。今日朝一番に、教会の石田牧師がモーニングを食べに来た。この間の礼を言いたかったのだが、忙しくてままならなかったため、教会に行こうと思ったのだ。
食洗器にグラスを丁寧に並べていた岡本が、こちらを振り返った。
「長谷川いつの間に教会行ってきたん? 何か知らんけど牧師って結構忙しいらしいし、居てはるかな」
「火曜は幼稚園に夕方まで居てる子が多いみたいやし、先生もおると思うわ」
森の言葉に、さすが近所の情報網だと泰生は感心した。せっかく情報を得たので、ちょっと暑いのが嫌だが、やはりすぐに教会に行くことにした。
商店街周辺に勤務する会社員たちは、食事を終えてからコーヒーを飲みに淡竹に来るので、平日は12時半から14時辺りが案外忙しい。泰生はこの波が引き、岡本が賄いを胃袋に収めるまで働いた。お盆明けまでしばらく顔を合わせないので、ちょっと岡本との別れを惜しむ。
「ほな海の家の名前と場所教えて、行けそうやったら行くし」
「おう、食うもんはたぶんまけられへんけど、浮き輪とかパラソルは応相談やで」
岡本は明るく、またな、と言い、森と一緒に泰生を見送ってくれた。
泰生はそのまま、商店街を駅のほうに戻って行き、2つの私鉄に駅を通り過ぎて和風建築の教会に向かった。アーケードを向けた途端に殺人的な陽射しが襲ってきて、あっという間に汗が吹き出す。
園児がいるので仕方ないのだが、こんな日に限って教会の門が閉まっていた。泰生は迷わずインターフォンを押す。石田が直ぐに出てくれた。
「ああ、長谷川くん? 鍵開けるし30秒で入って」
門のどこかがカチッと鳴った。泰生は門扉を押したが、鉄の熱さにあちっ! と独りで叫んでしまった。
教会の入口では今日も蚊取り線香が細い煙を上げていた。蚊が入るなら閉めたらいいのにと先日も思ったのだが、教会の扉は常に開けておくのが原則だという。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
PMに恋したら
秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。
「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」
そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。
「キスをしたら思い出すかもしれないよ」
こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。
人生迷子OL × PM(警察官)
「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」
本当のあなたはどんな男なのですか?
※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません
表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。
https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨
悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。
会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。
(霊など、ファンタジー要素を含みます)
安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き
相沢 悠斗 心春の幼馴染
上宮 伊織 神社の息子
テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。
最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つれづれなるおやつ
蒼真まこ
ライト文芸
食べると少しだけ元気になる、日常のおやつはありますか?
おやつに癒やされたり、励まされたりする人々の時に切なく、時にほっこりする。そんなおやつの短編集です。
おやつをお供に気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。
短編集としてゆるく更新していきたいと思っています。
ヒューマンドラマ系が多くなります。ファンタジー要素は出さない予定です。
各短編の紹介
「だましあいコンビニスイーツ」
甘いものが大好きな春香は日々の疲れをコンビニのスイーツで癒していた。ところがお気に入りのコンビニで会社の上司にそっくりなおじさんと出会って……。スイーツがもたらす不思議な縁の物語。
「兄とソフトクリーム」
泣きじゃくる幼い私をなぐさめるため、お兄ちゃんは私にソフトクリームを食べさせてくれた。ところがその兄と別れることになってしまい……。兄と妹を繋ぐ、甘くて切ない物語。
「甘辛みたらしだんご」
俺が好きなみたらしだんご、彼女の大好物のみたらしだんごとなんか違うぞ?
ご当地グルメを絡めた恋人たちの物語。
※この物語に登場する店名や商品名等は架空のものであり、実在のものとは関係ございません。
※表紙はフリー画像を使わせていただきました。
※エブリスタにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる