夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

色相と空①

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 泰生が復活した木村さんと共に、喫茶淡竹でモーニングのばたばたを捌き終える頃、岡本がキャリーケースを引いて出勤してきた。それを見て、店長の森は呆れ半分に笑う。

「仕事終わってから一回帰りぃや」
「いやぁ、暑いから移動は極力減らしたいんですって」
「まさしく直帰やな」

 岡本は木村さんに苦笑されながら、銀色の四角い箱を、カウンターの中の奥に転がした。
 泰生は、今日岡本が実家に帰ることをやっと察する。彼は泰生に訊いてきた。

「加太の海水浴場、来週の月曜に来ると思といてええ?」
「あ、うん、たぶんそうなる」

 岡本は泰生が旅行で加太に行くと知り、もし会えたら会おうと言ってきた。海水浴場の海の家を経営する親戚がおり、帰省中は店舗を手伝っているというのだ。よく働くやっちゃなと泰生は思う。
 泰生が早めの賄いのチーズトーストをカウンターの隅で食べ始めると、エプロン姿の岡本が洗い物を始め、井上さんがタイムカードを打刻した。

「文哉くんはお盆明けまで元気でな、泰生くんはまた明日」
「お疲れさまです」

 木村さんは普段なら賄いを食べて帰るのだが、夏休み中の子どもたちの昼食を作るべく、すぐに店を出た。かつては母もそうだったので、泰生には木村さんの事情がよく理解できた。

「で? 長谷川くん後で石田先生とこ行くんか?」

 森に訊かれて、はい、と頷いた。今日朝一番に、教会の石田牧師がモーニングを食べに来た。この間の礼を言いたかったのだが、忙しくてままならなかったため、教会に行こうと思ったのだ。
 食洗器にグラスを丁寧に並べていた岡本が、こちらを振り返った。

「長谷川いつの間に教会行ってきたん? 何か知らんけど牧師って結構忙しいらしいし、居てはるかな」
「火曜は幼稚園に夕方まで居てる子が多いみたいやし、先生もおると思うわ」

 森の言葉に、さすが近所の情報網だと泰生は感心した。せっかく情報を得たので、ちょっと暑いのが嫌だが、やはりすぐに教会に行くことにした。



 商店街周辺に勤務する会社員たちは、食事を終えてからコーヒーを飲みに淡竹に来るので、平日は12時半から14時辺りが案外忙しい。泰生はこの波が引き、岡本が賄いを胃袋に収めるまで働いた。お盆明けまでしばらく顔を合わせないので、ちょっと岡本との別れを惜しむ。

「ほな海の家の名前と場所教えて、行けそうやったら行くし」
「おう、食うもんはたぶんまけられへんけど、浮き輪とかパラソルは応相談やで」

 岡本は明るく、またな、と言い、森と一緒に泰生を見送ってくれた。
 泰生はそのまま、商店街を駅のほうに戻って行き、2つの私鉄に駅を通り過ぎて和風建築の教会に向かった。アーケードを向けた途端に殺人的な陽射しが襲ってきて、あっという間に汗が吹き出す。
 園児がいるので仕方ないのだが、こんな日に限って教会の門が閉まっていた。泰生は迷わずインターフォンを押す。石田が直ぐに出てくれた。

「ああ、長谷川くん? 鍵開けるし30秒で入って」

 門のどこかがカチッと鳴った。泰生は門扉を押したが、鉄の熱さにあちっ! と独りで叫んでしまった。
 教会の入口では今日も蚊取り線香が細い煙を上げていた。蚊が入るなら閉めたらいいのにと先日も思ったのだが、教会の扉は常に開けておくのが原則だという。
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