夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

夏の自由研究:ベストな松脂とは②

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「一番オーソドックスで初心者も使いやすい商品です、吹奏楽も管弦楽もいけますし、使い慣れてらっしゃるならこれでもいいと思います」
「松脂でそんなに音変わるんですか?」
「変わりますよ、特にコントラバスはクラシックとジャズで使い分けるかたもいらっしゃいます」

 吹奏楽部では弦楽器はコントラバスしか無いため、情報弱者になりがちだ。泰生は店員の説明を聞きながら、自分がかなりぼんやりと楽器に接してきたことを痛感させられる。

「弦が太いから弓に引っかかりやすいように、基本的にチェロやヴァイオリンの松脂より柔らかいんです……そのせいかこだわる人も多いです、本当はいろいろ試して好みの感触を見つけられるといいんですけど」

 泰生は数種類のコントラバス用松脂を見つめ、迷う。そして、考えたことをつい垂れ流してしまった。

「何か、松脂お試しアソートパックとかあったらええのに……」

 店員は面白そうに、いいですね、と笑った。

「管弦楽団なら何人かコントラバスいますよね? 皆さんいろいろお使いなら、お試し会をしてみたらどうでしょう……あ、もしよかったらこれを」

 店員は棚の裏のチラシホルダーから、紙を一枚抜いて泰生に手渡した。この楽器店の大阪駅近くの店舗で、弦楽器フェアを開催しているという。

「店舗で取り扱ってる松脂をお試しできる日があるんですよ、お問い合わせなさってみてください」

 泰生は驚いた。やはり松脂は、弦楽器奏者にとってそれほど大事なものなのだ。そしてこの間、岡本からチェロの松脂を安易に借りたのは少々まずかったと思い、ひとり密かに反省する。
 店員は、泰生の持ってきた松脂のケースの蓋を開けて、失礼しますと言いながら中身に指で触れた。

「ちょっと硬くなってきてますね、コントラバスの松脂は3、4年くらいで限界なので」

 やはりそうなのか。コントラバスは図体がやたらデカいので、クロスが複数枚要ることなども地味に痛い。まったく不経済な奴だと泰生は思った。
 店員は、慣れない客に今すぐ決めて買えと言わなかった。おそらく自身も弦楽器奏者で、松脂選びに悩まされたことがあるのだろう。

「まだこれいけますから、研究なさってから買っても遅くないですよ」
「あ、とりあえず他のメンバーが何使ってるかリサーチしてみます……」

 親切な店員に申し訳なかったので、弦をきれいに保つためにお薦めだという、ストリングクリーナーを買った。
 店員に礼を言って、泰生は楽器店を辞した。松脂はどうも、この夏の自由研究の対象にする必要がありそうだ。三村などはいかにも松脂にこだわっていそうではないか。自分で訊くのは関係性的にまだちょっと微妙なので、岡本にどこの松脂を使っているのか、訊いてもらおうと思った。
 泰生は腕時計をちらっと見て、ちょっと楽しい気分になりながら、兄との待ち合わせ場所である書店に向かった。
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