夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

雷雨を凌ぐ①

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 試験前週間に入り、各々の授業が前期の最終日を迎えると、小テストやレポートの提出だけで終わることもままある。3限目が30分も早く終わった泰生は、あの商店街を抜けて少し歩いたところにある、幕末の志士ゆかりの史跡を見に行ってみようと思い立った。

「わ、何か天気やばそう」
「早よ帰ろ」
「えー、みんな4限無いの?」

 教室の窓から外を見た女子学生たちが、空を見てざわめいている。確かに3限が始まる前は、梅雨半ばと思えないようなかんかん照りだったのに、黒い雲が空をどんどん覆い始めていた。
 伏見キャンパスは、ほぼ駅前と言っていい。降っても駅まででずぶ濡れになることはあまり無いが、一応折りたたみ傘を鞄の一番上に移動させて、泰生は教室を後にした。
 迷ったが、大阪に向かう特急に乗り換えずにそのまま準急に乗った。すると、商店街の入り口にある踏切を、のんびりと電車が横切ろうとした途端、大粒の雨がぱつん、と窓を叩いた。あっという間に降り始めて、電車の中がざわめくレベルに強くなる。
 泰生は電車から降りたものの、ホームに雨が吹き降ってきて、一緒に降りた人々と、ホームの最後尾にある階段に慌てて駆け込む。真っ黒な空が、低く脅すような音を立てると、母親に手を繋がれた小さな女の子が、わあっと恐怖を湛えた声で叫んだ。
 特急に乗り換えてとっとと帰るべきだったと、泰生は軽く悔やんだ。この辺りと泰生の自宅周辺では、天気が全く違うこともよくあるからだ。
 せっかく降りたしなぁ。気を取り直して、泰生は階段の下に見える改札を出た。左手の出口は商店街の中に直結しているので、濡れることはない。果たして階段を昇ると、商店街から先の登り坂のほうに向かいたい人々が、雨が緩むのを待っていた。
 しかし雷雨はそんな人たちを嘲笑うように荒れ狂い、強い風で雨が商店街の入り口を脅かしたと思うと、ぱあっと外が光った。ほぼ間を置かず、ばん! と何かを引っ叩くような音が泰生の耳をつんざき、地響きを立て高い雷鳴が轟いた。きゃあっと誰かが悲鳴を上げ、泰生も密かに身体を縮めた。近くに落ちたのだろう。
 観光を諦めた泰生は、仕方なく商店街を下って行った。アーケードに雨が打ちつける音が響く。辺りは薄暗く、道行く人たちも、あーあ、止むまでどっかで待とか、などと諦め混じりで話していた。
 泰生は喫茶「淡竹はちく」を目指した。せめて雷が去るのを待ち、アイスコーヒーを飲んで帰ろうと思った。雷は好きではない。
 雷雨になるのを察して帰途に着いた人も多いのか、喫茶タイムだというのに店は空いていた。店長がやはりデニムのエプロン姿で、いらっしゃい、と迎えてくれた。

「ああ、文哉の友達の」
「こんにちは、めちゃ雷と雨ですね」

 岡本の友人と認識されるのはまだ微妙だが、店長が顔を覚えていてくれたので、泰生もつい気安くなった。
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