夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

呼吸を合わせて出る音は①

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「暑っ、こんな時間に外歩くとか狂気じみてへんか?」

 友樹は駅から目的地に向かって歩き始めるなり、言った。泰生はしゃあないやん、と兄を宥める。

「土曜日にサマーコンサートするんやったら、まあ大抵昼間や」

 元先輩のクラリネッティスト・戸山百花は、甘い菓子の他に演奏会のチケットを2枚、泰生にくれた。企業セミナーが入ってしまい、行けなくなったという。岡本もチケットを持っていたが、喫茶店のアルバイトがあるので後半からしか行けないらしかった。
 京都府の南西の隅に位置するこの市には、国宝に指定された有名な神社がある。神社のふもとの駅から徒歩10分のホールが、今日のコンサートの会場だ。使用料があまり高くなく、結構音がいいので、学生の音楽団体に人気のホールである。
 泰生はここを訪れるのは初めてではなかった。他の大学の吹奏楽部の演奏会に、今まで2回来たことがある。他大学の同業者と何かと交流があるのは、吹奏楽部も管弦楽団も同じらしく、泰生が譲ってもらったチケットは招待券だった。友樹の母校の管弦楽団なので誘ってみると、彼女と別れて暇なのと、学生時代のゼミの友達に団員がいたとかで、ちょっとその気になったらしい。
 道なりに進み緩いカーブを曲がると、ホールの建物が見え隠れしてきた。この道を歩く人は、ほぼ皆がホールを目指しているので、迷うことは無い。

「クラシックガチで聴くのって何年振りやろ、寝たらごめん」

 友樹は言ったが、泰生も管弦楽を生で聴くのは、高校の音楽鑑賞以来だ。当然その時は、途中で記憶が無くなった。

「俺もぶっちゃけ寝えへん自信無いわ、吹奏楽でも寝るからな」
「おまえ何で音楽してんねん?」

 友樹の突っ込みに、さあ、と答えるしかない泰生である。要するに、知らない曲は眠いのだ。
 建物の中に入るとさっと涼しくなり、汗がゆっくりと引いてほっとした。パンフレットを受け取り、ホールの扉を押すと、上手かみて寄りの真ん中より少し前に向かう。自由席なので、好みに合う席を確保することが大切だ。
 サマーコンサートなので、プログラムにはアニソンなども含まれていた。後半は、クラシックの有名どころを集めたとパンフレットに説明してあるが、曲目を見てぴんときたのは、ベートーヴェンの「運命」の第1楽章だけだった。
 客席はそこそこ埋まり、もしかしたら兄の同級生も観に来ているかもしれなかったが、探す気は無いようなので、軽く雑談をしながら開演を待った。やがて予ベルが鳴ると、慌てて客席に入って来る人を待たずに、オーケストラのメンバーが舞台に出て来始めた。こういう流れも吹奏楽と変わらないが、チューニングが始まると出てくる弦楽器の音が優雅なので、泰生はふうん、と思う。
 当然だが、吹奏楽と管弦楽では楽器の編成が違う。泰生はコントラバスがよく見える席を選んだのだったが、自分の大学の吹奏楽部では2本だけなのに、舞台の上には4本も並んでいた。管楽器は、2本ずつだ。例えばクラリネットは、吹奏楽では下手しもてにたくさん並ぶが、管弦楽では真ん中に2人だけ座っている。
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