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真夜中の思索

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 隣で安らかな寝息を立てている恋人の顔を薄闇の中で見つめながら、これからどれくらい、こいつとキスしたり抱き合ったりするのかなぁと晴也はふと思う。
 晴也は晶と出会うまで、まともな男女交際(晴也は自分を異性愛者だと思っていた)の経験が無い閉鎖的な陰キャだったので、そういったことを比較する対象を持たない。水商売の副業を始めてから、様々なカップルの事情を耳にするが、やはり比較の対象にならない気がする。
 交際開始当初は、晶が結構性欲旺盛でベタベタしたがると思って引いたが、毎日求めてくる訳でもなく、例えば副業先で客から聞かされる色っぽい話と比較し判定すると、案外普通かもしれない。晶は口先スケベで、何やかんやと晴也にエッチなニュアンスを含む言葉をかけてくるので、晴也はどうしようと困惑してしまう。しかしそれが初心な晴也に対する、半ばからかいであることが、ようやくわかってきた。セクハラだと一度ビシッと言ってやってもいいかもしれない。
 3月の半ばから5月にかけ、晶がロンドンにダンス出張に行くので、こんな風に夜中に目覚めて彼を観察するのもしばしお預けである。晴也は布団から手を出して、晶の頬を人差し指でそっと突いてやる。

「……あ?」

 晶は目を開かないまま、そんな声を上げた。そして突かれた場所を軽く掻く。晴也は笑いを押し殺した。
 あまり晶の安眠を妨害してはいけない。彼は演出家から、ロンドンで舞台に上げる創作ミュージカルの振り付けの画像と、台本のデータを受け取っていた。かつて出演した演目ではあるが、変更点もあるらしく、それを含めて現在おさらい中だ。普段の仕事に割り増しされたタスクは、多かれ少なかれ彼の体力を奪っていて、最近寝つきがいつもより早い。
 わかってはいるのだが、寝ている晶にちょっかいを出すのは結構面白く、ついこんな風に触ってしまう。あまりやり過ぎると、彼が目覚めてエッチなお仕置きをされてしまうので、起こすギリギリを攻めるのだ。
 晴也が鼻の穴にそっと指を突っ込むと、ふんがっ、と晶が呻いたので、笑いが込み上げて抑えるのに苦労した。もうやめておこうと満足した晴也は、互いの肩に布団を掛け直し、少し晶に身体を寄せた。今夜は冷えるので、互いの体温でベッドの中がほかほか温もるのが心地良い。
 目を閉じた晴也の額に、温かくて柔らかいものがそっと触れた。晶の唇だった。晴也はどきっとして、寝ているふりを決めこんだが、晶はそれ以上動かなかった。
 晶と交際を始めた頃の晴也は、こういう幸福感の高い時間も、いつかはお互いの気持ちのすれ違いで失われるものだと考え、そのことを恐れていた。もちろん今だって、くだらないことで小競り合いになると、そんな恐怖に襲われる。しかし、感染症の拡大で晶の精神状態がやや不安定になった経験を経て、今まさに天災や戦争のニュースが多いためだろう、どちらかが何かの拍子に命を失って、どちらかを残してしまうこともあり得る……つまり、好き合っていても強制的に引き裂かれる可能性もあると思うことが増えた。だからこそ、一緒に過ごす時間を一層大切にしたいと思う。
 晶が長く息をついて、晴也の背中に腕を回してきた。晶の匂いが好きな晴也は、ほっとしてまた考える。このままお互い穏やかに年を取り、順番に逝くなら納得できるだろうか。晴也が2つだけ年上なので、どちらが先に死ぬかは微妙なところだ。
 夜中にそんなことを考えていたと晶に話すと、相変わらず晴也は悪く考えるなぁ、と晶が苦笑することもわかっている。そうすると彼が、マイナス思考の晴也の気を晴らすために、何か楽しくなるイベントを企画してくれるだろうということも。
 まあ、こんなことをうだうだ考えられること自体、ある意味幸せな証拠なんだろうな。
 晴也は少し顔を上げ、晶の顎の先に唇で軽く触れてから、朝まで温もりに溺れるべく目を閉じ直した。


〈初出 2024.2.25 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:キス、温もり〉
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