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人の恋路のお膳立て
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珍しく晶が、わざわざ昼を空けておけと言ったその土曜日がやってきた。
晶が所属するダンスユニット、「ドルフィン・ファイブ」の有志でカラオケに行くと言われて、最初晴也は怒った。
「おまえ、会社のカラオケ大会に7年参加してない隠キャの俺を、大人数のカラオケに誘うなんて、喧嘩売ってるのか!」
晶は晴也が何故怒っているのか、さっぱりわからないと言わんばかりである。
「ハルさんのオフィシャルなカラオケ事情は知らないぞ……いや、歌いたくなけりゃ寝ててもいいんだ、翔大にお願いされて」
「若いショウくんに?」
ドルフィン・ファイブで、ショウこと晶と芸名が被るため、若いショウと呼ばれる翔大は、プロの舞台人を目指して修行中だ。
「ハルさんも連れてくからと言って、ミチルさんを誘ってるんだよ」
「えっ! それはもしや……」
翔大は晴也の副業の同僚、ミチルこと美智生に懸想している。しかし翔大は自覚としてはノンケで、女装姿の美智生に惚れたため、彼への気持ちを整理できていないのだ。
晶は楽しげに言った。
「そうだとも、ドルフィン・ファイブとめぎつねのメンバーで集まるってミチルさんには言ってるけど、実は4人しか来ないという……」
「すごく古典的な作戦だなぁ」
晴也は失笑気味になり、言った。メンバーを見て、美智生が帰ると言う可能性は考慮していないらしい。
そして待ち合わせ時間の8分前、渋谷のカラオケボックス前に、美智生が到着した。彼の本業は某金融機関の支店長で、晴也は彼が遅刻をしたのを見たことがない。
「おはようハルちゃん、男の姿で良かったのか?」
「はい、俺もめちゃ普段着」
晴也が美智生と話していると、晶がわざとらしくスマホを見ながら言った。
「ミチルさん、ユウさんは連れ合いが体調崩したから来れないって……あと翔大だけで4人になるけど」
「そうか、寒かったり暑かったりで体調不良の人多いからなぁ」
意外にも美智生は、あっさりと応じた。するとすぐに、翔大が小走りでやってきた。
「すみません、お待たせしました」
「いやいや、時間ちょうどだよ」
翔大は心なしか緊張しているようだ。晴也は笑いをこらえ、晶についてパーティルームに向かう。
軽食とビールを注文して、場はすぐに賑やかになった。部屋が広いのでのびのびしながら、晴也は皆の歌に合わせてタンバリンを叩く。美智生がそこそこ歌えることを晴也は知っていたが、歌は自信が無いと言いながら、やはり翔大も上手だ。晶は言うまでもない。
翔大が歌い上げ系ラブソングばかり予約するので、晴也は晶と笑いを我慢するのに必死だった。良い具合に、ほろ酔いになった美智生も「その歌いいよねぇ」などと言い、翔大を盛り上げている。
「若いショウくんはそんな歌ばっか入れて、今好きな人がいるのかな? ってこれはセクハラかぁ!」
美智生はピザ片手に笑った。翔大が背筋を伸ばす。
「います! その人に聴いてほしいんです」
「おじさんじゃ雰囲気出ないけど、俺が代わりに聴くよぉ」
いい流れだ。晴也は晶と、密かに手に汗握る。翔大は言葉を必死で探す顔になっていて、晴也は心の中で翔大を応援した。
しかしその時、無常にも退店10分前のチャイムが鳴った。タッチパネルに近い場所に座っていた美智生が言う。
「延長できないって、場所移す?」
翔大は見るからにがっかりする。晴也は晶と顔を見合わせ、小さく溜め息をついた。
喫茶店でも盛り上がったものの、良い雰囲気とはいかず、結局そのまま解散してしまった。新宿で降りた翔大と美智生の帰路が同じ方向なので、希望が無くなった訳ではないが。
「うーん、喫茶店で俺たち先に出たらよかったのかな」
晴也は山手線を降りてから、晶に言った。晶も首を捻った。
「ミチルさんにしてみたら、まさか翔大がって感じなんだろうな……翔大がヘタレだからいけないんだ」
「うん、舞台の上でイケイケな割にな」
それでも2人の行く末を、温かく見守ろうという結論に落ち着いた。晶は微笑しながら言う。
「俺だって、さっきはハルさんのためにラブソング選んでたのになぁ」
そうなのか? 晴也は目を見開き、それを見た晶が大げさに肩を落とした。
「いや、ごめん、若いショウくんとミチルさんに気を取られ過ぎてた……聴いてなかった訳じゃないぞ」
晴也にとって、晶の歌やダンスはいつも「万人のもの」なのである。彼の舞台を観に来た全員のためのパフォーマンス。それは晴也が独占していいものではない。
そう話すと、晶は少し驚いたようだった。
「ちょっと複雑……じゃあ今度、2人でカラオケ行ってちゃんと聴いて……」
わかった、と答えつつ、今更おかしな奴だと思い、晴也はそっと微笑する。自分たちは既に、他の人たちの恋の行方を、一緒に気にかけるような関係になっているのに……。
〈初出 2023.10.14 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:カラオケ、ラブソング〉
晶が所属するダンスユニット、「ドルフィン・ファイブ」の有志でカラオケに行くと言われて、最初晴也は怒った。
「おまえ、会社のカラオケ大会に7年参加してない隠キャの俺を、大人数のカラオケに誘うなんて、喧嘩売ってるのか!」
晶は晴也が何故怒っているのか、さっぱりわからないと言わんばかりである。
「ハルさんのオフィシャルなカラオケ事情は知らないぞ……いや、歌いたくなけりゃ寝ててもいいんだ、翔大にお願いされて」
「若いショウくんに?」
ドルフィン・ファイブで、ショウこと晶と芸名が被るため、若いショウと呼ばれる翔大は、プロの舞台人を目指して修行中だ。
「ハルさんも連れてくからと言って、ミチルさんを誘ってるんだよ」
「えっ! それはもしや……」
翔大は晴也の副業の同僚、ミチルこと美智生に懸想している。しかし翔大は自覚としてはノンケで、女装姿の美智生に惚れたため、彼への気持ちを整理できていないのだ。
晶は楽しげに言った。
「そうだとも、ドルフィン・ファイブとめぎつねのメンバーで集まるってミチルさんには言ってるけど、実は4人しか来ないという……」
「すごく古典的な作戦だなぁ」
晴也は失笑気味になり、言った。メンバーを見て、美智生が帰ると言う可能性は考慮していないらしい。
そして待ち合わせ時間の8分前、渋谷のカラオケボックス前に、美智生が到着した。彼の本業は某金融機関の支店長で、晴也は彼が遅刻をしたのを見たことがない。
「おはようハルちゃん、男の姿で良かったのか?」
「はい、俺もめちゃ普段着」
晴也が美智生と話していると、晶がわざとらしくスマホを見ながら言った。
「ミチルさん、ユウさんは連れ合いが体調崩したから来れないって……あと翔大だけで4人になるけど」
「そうか、寒かったり暑かったりで体調不良の人多いからなぁ」
意外にも美智生は、あっさりと応じた。するとすぐに、翔大が小走りでやってきた。
「すみません、お待たせしました」
「いやいや、時間ちょうどだよ」
翔大は心なしか緊張しているようだ。晴也は笑いをこらえ、晶についてパーティルームに向かう。
軽食とビールを注文して、場はすぐに賑やかになった。部屋が広いのでのびのびしながら、晴也は皆の歌に合わせてタンバリンを叩く。美智生がそこそこ歌えることを晴也は知っていたが、歌は自信が無いと言いながら、やはり翔大も上手だ。晶は言うまでもない。
翔大が歌い上げ系ラブソングばかり予約するので、晴也は晶と笑いを我慢するのに必死だった。良い具合に、ほろ酔いになった美智生も「その歌いいよねぇ」などと言い、翔大を盛り上げている。
「若いショウくんはそんな歌ばっか入れて、今好きな人がいるのかな? ってこれはセクハラかぁ!」
美智生はピザ片手に笑った。翔大が背筋を伸ばす。
「います! その人に聴いてほしいんです」
「おじさんじゃ雰囲気出ないけど、俺が代わりに聴くよぉ」
いい流れだ。晴也は晶と、密かに手に汗握る。翔大は言葉を必死で探す顔になっていて、晴也は心の中で翔大を応援した。
しかしその時、無常にも退店10分前のチャイムが鳴った。タッチパネルに近い場所に座っていた美智生が言う。
「延長できないって、場所移す?」
翔大は見るからにがっかりする。晴也は晶と顔を見合わせ、小さく溜め息をついた。
喫茶店でも盛り上がったものの、良い雰囲気とはいかず、結局そのまま解散してしまった。新宿で降りた翔大と美智生の帰路が同じ方向なので、希望が無くなった訳ではないが。
「うーん、喫茶店で俺たち先に出たらよかったのかな」
晴也は山手線を降りてから、晶に言った。晶も首を捻った。
「ミチルさんにしてみたら、まさか翔大がって感じなんだろうな……翔大がヘタレだからいけないんだ」
「うん、舞台の上でイケイケな割にな」
それでも2人の行く末を、温かく見守ろうという結論に落ち着いた。晶は微笑しながら言う。
「俺だって、さっきはハルさんのためにラブソング選んでたのになぁ」
そうなのか? 晴也は目を見開き、それを見た晶が大げさに肩を落とした。
「いや、ごめん、若いショウくんとミチルさんに気を取られ過ぎてた……聴いてなかった訳じゃないぞ」
晴也にとって、晶の歌やダンスはいつも「万人のもの」なのである。彼の舞台を観に来た全員のためのパフォーマンス。それは晴也が独占していいものではない。
そう話すと、晶は少し驚いたようだった。
「ちょっと複雑……じゃあ今度、2人でカラオケ行ってちゃんと聴いて……」
わかった、と答えつつ、今更おかしな奴だと思い、晴也はそっと微笑する。自分たちは既に、他の人たちの恋の行方を、一緒に気にかけるような関係になっているのに……。
〈初出 2023.10.14 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:カラオケ、ラブソング〉
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