調子に乗るから言わないけど好き 《ハルとショウの短編集》

穂祥 舞

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初詣のドッペルゲンガー

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 晴也と晶の双方の実家の近所に、それぞれ地元で親しまれる神社がある。そのため、年が明けて互いの実家に挨拶に行くと、初詣を2回することになる。晴也は当初それを、節操が無いと思ったものの、どちらかの神社にお参りしないのも気持ちが悪いので、例年節操なく両方に詣でていた。
 その日、晴也の地元の佐倉市は穏やかに晴れていた。正月とは思えない気温に、神社への足取りも自然と軽くなった。晶と並んで鳥居をくぐり、手水舎に向かうと、3ヶ日のピークは過ぎたものの人が群がっていた。

「面倒くさいなぁ」

 晴也は呟いた。手を清めることが、ではない。手を清めるために、あの群れに突っ込むことが、である。
 現在ロンドン郊外で暮らしている晶の姉が、帰国しても初詣に全く興味を示さないのに対し、彼は外国暮らしが長かった割に神様に詣でることを大切にしている。

「面倒くさいとか言うな、並ぶ並ぶ」
「はぁい」

 晴也は晶に背中を押されて手水舎の行列に参加して、竹筒から流れ出る冷たい水で手を洗った。
 神社は正月らしく砂利が掃き清められ、飾られた松やしめ縄が清々しかった。人々は本殿に向け列を作り、賽銭を用意するために財布を開ける。それに対し晶は、鞄からポチ袋を2つ出して、片方を晴也に手渡した。

「ホテルのポーターやハウスキーパーに渡すチップじゃないんだから、小銭をこの場で出すなんて神様に失礼じゃないか?」

 というのが晶の言い分で、ポチ袋の中身は基本的に2千円である。
 順番が回ってくると、晴也は晶と並んで、この神社の礼拝の方法に従い手を合わせた。病気や怪我をせず、周囲の人たちが平穏無事であることと、晶の春の英国遠征が良いものであるよう、晴也は祈った。
 おみくじも、毎年お正月に2回引くのはどうかと思うのだが、晶が引きたがるのでつき合う。ここもそこそこ混雑していて、晴也は隣の机でみくじ筒を振っていた家族が去ったところに素早く足を向けた。
 しゃくしゃくと音を立てて筒を振り、ひっくり返して出てきた棒には、十二番と書いてあった。それを巫女さんに告げておみくじを受け取るシステムだが、その窓口に視界を移した時、晴也はどきっとした。着物姿の晶が訪問着の女性と並んで、巫女さんに何か頼んでいたからだ。
 そんなことはあり得ない。しかし、その後ろ姿は本当に晶に似ていた。黒い髪、長い首、程よく男らしい肩幅、そして美しい姿勢。晴也はみくじ筒が並ぶ机を振り返ったが、晶はそこにいなかった。
 着物姿の晶と、彼と連れ立った女性は、1枚ずつおみくじを手にしてこちらを向いた。そして晴也は男の顔に今度こそ驚いて、ああっ、と声を上げてしまった。
 声が聞こえたのだろう、晶に後ろ姿が良く似た着物の男性も、晴也のほうを見た。そしてやはり、あっ! と小さく叫んだ。

「福原じゃん! えっ! 何年振りよ!」

 男性は意外にも上品な、こなれた足捌きで晴也のところにやってくる。晴也は彼の変貌に、唖然とするしかなかった。高校3年生の時、同じクラスだったヤンキーだった。

「岩本……」

 晴也の高校は公立の進学校だったので、岩本は本当にヤンキーだった訳ではないが、何に反抗していたのか髪を染め、ピアスの穴を開け、踵を潰したスニーカーをぱたぱたいわせていた。先生に何か言われるたびに、いい大学に行きゃいいんだろ、と悪態を突いていた彼は、晴也にとってはアンタッチャブルな人間だったため、ほとんど話したことがない。
 岩本は過去の自分を知る晴也に、やたらと屈託なかった。本当に偏差値の高い私大に受かったことは晴也も知っていた。卒業後、東京でサラリーマンをしながら、妻の実家の呉服店の裏方を手伝っているという。

「だからほら、着物も着れるようになったんだ」
「なるほど……髪は元々真っ黒なんだ」

 まあな、と岩本は笑う。

「てか福原、何か雰囲気明るくなったよな」
「あ、まあ、よく言われる……」

 晴也は、おまえに後ろ姿が良く似た男とつき合ってからかな、と言いたかったが、正月早々刺激が強すぎるのでやめた。晴也は晶と出会うまでは、異性愛者だったからだ。
 岩本は、今年同窓会しようぜ、と言いながら、3歳年下らしい美しい妻と仲睦まじく帰って行った。

「おーいハルさん、まだここにいたのか」

 その時、晶が離れた場所から呼んだ。混雑を避けて、あちらの机でおみくじを引いたらしく、手には既に紙が握られている。
 晴也も慌てて巫女さんの許に行き、十二番のおみくじを受け取る。見ると、中吉だった。ぱっと明るい気分になった。

「わ……いいことばかり書いてる」

 晶がやってきて、晴也の手許を覗き込む。

「俺も中吉だけど、書いてることが違う」
「そうなのか? 持って帰ってゆっくり読もうよ」

 よし、と晶は晴也に背中を向けた。晴也はあらためて彼の後ろ姿を観察し、やっぱ似てたな、ドッペルゲンガーだな、と思う。

「どうした?」

 晶が振り返った。晴也はちょっと慌てた。

「あ、さっき高校の同級生がいて」
「へぇ、まあ地元だからおかしくはないか」
「そいつ、昔髪の毛染めてたんだけどほんとは真っ黒らしくて、後ろ姿がショウさんにそっくりだったんだ」

 晴也の言葉に、晶は眼鏡の奥の目を少し眇めた。その意味を察して、いやいや、と晴也は手を振る。

「俺高校時代は女の子が好きだったし、昔も今もそいつがどうこうってことはないぞ」
「……ハルさんは人がいいから再会シチュエーションにつけ込まれないか心配だな」
「は? まさか、奥さんと来てたのに」 

 晴也は笑いながら、何となく腑に落ちていないような晶に並んだ。彼がたまにこんなつまらない焼きもちを焼くのも、ちょっと面白い。
 岩本っていい奴っぽいし、単純に後ろ姿は好みだから、同窓会を主催するなら行ってやろう。晴也は考える。また、来年の正月は、晶に着物を着てもらいたいなとも思った。


〈初出 2024.1.6 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:初詣、着物〉
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