調子に乗るから言わないけど好き 《ハルとショウの短編集》

穂祥 舞

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黒ラブが家にいる年末②

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 晴也はじっとしているように黒い犬に言い含め、手早くペットフードを買った。レジで待たされたので、おとなしく座る彼の姿を見ると、ほっとした。
 帰途で黒ラブは晴也に寄り添って歩いたが、辺りが暗くなり、彼の姿がよく見えない。軽い足音を立てる影と歩いているようだ。
 黒ラブは曲がり角で足を止めた。晴也は声をかける。

「どうした?」

 彼は足を踏ん張り、帰りたくないと訴えていた。確かこの角を反対に行くと、公園があったと晴也は思い当たる。大きい犬は運動量が必要なので、少し寄ってやることにした。
 黒ラブは公園に入ると、うろうろしたがるかと思いきや、ベンチに向かった。もう誰もいない年末の夜の公園は、ひんやりとした空気のせいもあり、少し怖かったが、彼と一緒なのでまあいいかと晴也は考える。
 晴也がベンチに座ると、黒ラブもそこに上がってきて、狭い場所にお尻を下ろした。犬のくせに変な座り方をして、晴也にもたれかかってくる。
 随分と懐かれたものだ。くっついてきた黒ラブの身体は温かくて、心地良かった。何日預かるつもりなのかわからないが、可愛くて、飼い主に返すのが辛くなりそうだ。

「おまえは飼い主に大事にされてるんだな」

 晴也は黒ラブの肩を抱くようにして言った。自分よりも早くて小さな鼓動を掌に感じる。晶にくっついて、こんな風に座るのと同じくらい、ほわんと幸せだった。



「さっき、犬になってハルさんに可愛がってもらう夢を見たぞ」

 晶は洗ったばかりのシーツをベッドに敷きながら言った。晴也はえっ? と、服を片づける手を止めて彼を見る。
 食品の買い物から戻ると、晶はベッドで爆睡していて、晴也もどさくさに紛れてその横で少しうつらうつらしていた。可愛い黒ラブが部屋にいたことが夢だとわかり、目覚めてがっかりした。
 暗くなっていたのでおかずの仕込みをした。ご飯が炊けるのを待ちながら、晶を叩き起こし、一緒に取り込んだ洗濯物を畳んでいたのである。
 晶は笑いながら続ける。

「ハルさん全然俺だと気づいてくれないし、スーパーに買い物に出てもすぐ帰ろうとするから、帰りたくないって踏ん張ってやった」

 晴也は目をぱちくりさせる。同じ夢を同じ時に、それぞれの立場で見ることなんて、あるのだろうか。つい晴也は口にする。

「いや……おまえ結構可愛かったし、夜道で頼りになった」

 今度は晶が、黒い瞳を数度まばたく。晴也はくすっと笑った。

「ごはんの時に説明するよ」
「えーっ、どういう意味?」

 炊飯器が炊き上がりを告げる音を立てた。晴也が寝室を出ると、晶は夢の中の黒ラブのように、晴也についてくる。その左手の薬指には、晴也と同じ指輪が光っていた。
 さあ、ドッグフードは要らないようだから、食事の準備を始めよう。明日は年越し蕎麦なので、今日はちゃんとしたメニューである。野菜と鮭をホイル焼きにして、白菜を塩麹で煮て、豆腐とわかめの味噌汁を作るのだ。黒ラブはいないけれど、晶がいるからいいことにしておこう。
 明日は晶と迎える、5回目の年越しである。


〈初出 2023.11.11(年末用に改稿) #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:影、帰りたくない〉
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