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アリスは白ウサギに抱擁される

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 男5人のダンスユニット「ドルフィン・ファイブ」は、ショーパブ「ルーチェ」でのクリスマスショーの準備に余念が無い。今年はばっちりイブや当日に被らないとはいえ、この週は少々観覧のお値段が上げられることがわかっているので、それらしい演出が必要なのである。
 今日は晶の自主練習に、「ドルフィン・ファイブ」のリーダーのユウヤこと優弥がつき合っていた。昨年企画倒れになった、「不思議の国のアリス」をモチーフにした場面を作りたいということらしい。冷たい天気の中、多忙な優弥が高田馬場駅前の貸し練習室にやって来たのを見て、そんな必要は無いのに、晴也のほうが申し訳なくなる。

「じゃあ俺外すぞ、飲み物とか要るならそこのコンビニで買ってくるけど」

 いつもは晶が踊るのを眺めつつストレッチに励む晴也だが、一度帰ろうと思った。しかし優弥が引き留めた。

「えっ、ハルさんが出るとこを振り付けるんだぞ、去っちゃだめだよ」

 晴也はそれを聞いて目を剥いた。俺が出る? 何の話だ? 
 すると、着替え終わってバーに脚を載せウォームアップしていた晶も、驚いたように言った。

「優さん、あの話マジだったの?」
「マジだぞ、だって俺たちの誰かがアリス役で女装したら、確実にお笑いになる」

 ダンスはあくまでも観るだけ主義の晴也は、2人の会話に本気で焦る。ドルフィン・ファイブのショーは、場末のショーパブの出し物とは言えないレベルなのだ。そんな舞台にど素人の自分が上がるべきではない。

「ちょっと待って、去年そんな話が出たのは俺も覚えてるけど……」

 優弥は晴也を見て、笑った。

「アリスは通り過ぎるだけだ、別に物語を追う訳じゃないから……ちらっとキャラに絡んでもいいかなとは思うけど」

 優弥の構想がよくわからないが、どうも晴也は、ハイレベルな女装を求められているようだ。アリスに扮して、つんと澄まして舞台を横切ってくれと優弥は説明する。

「白ウサギのショウと出会うとこから、やってみたいな」

 晶も了承しているので、腹を括るしかなかった。晴也は優弥に指示されて、下手に向かう。晶は上手にスタンバイした。

「同時に出て、ハルさんは真っ直ぐ向いて普通に歩く……ショウはウサギだから軽めに」

 晴也はおずおずと足を踏み出し、早速優弥からダメ出しを受ける。

「胸張って、一歩一歩膝伸ばし気味で……モデルの歩き方を真似してみて、腰はくねらせない」

 笑いを堪えている晶がぴょこぴょここっちに向かってくる。すれ違いそうになった時、優弥が言った。

「ショウが客席側、行き違うギリで右手でハルさんの右手首掴む」

 晶に手首を掴まれた晴也は、思わず彼の顔を振り返る。優弥の声が飛んだ。

「おっ、ハルさん、その動きいいからそれ採用」

 アリスは白ウサギに異世界に連れて行かれる。晶に手首を掴まれたまま、下手に引き摺られて行くのかと思いきや、晶は晴也の手首を自分の方に引いた。晴也はよろめきそうになったが、上半身を晶の両腕にがっしり囲まれた。ええっ! と晴也は小さく叫ぶ。

「はいハグ~」

 晶が耳の傍で言うので、晴也もよくわからないまま、彼の身体に腕を回す。温かくて心地良いので、つい気が緩みほっと息をついた。すると優弥がぱんぱんと手を叩き、がははと笑った。

「おいおい、何で初対面でアリスとウサギが抱擁を交わすの?」

 こいつ! 晴也は晶に図られたことに気づいて、咄嗟に上半身を引こうとした。しかし晶の腕は晴也を解放してくれない。

「そんなにガチガチになるな、めぎつねにいる時みたいに堂々としてろ」

 耳打ちされて、晴也はどきっとする。このふざけた白ウサギは、緊張を解そうとしてくれているようだ。
 うん、と晴也は頷くが、女装でない時はなかなか強気にはなれない。晶はやっと腕を解き、優弥に向かって言う。

「ごめん、ちょっとハルさん吸いタイムだった……で、下手に連れてくの?」
「家で好きなだけ吸えよ……うん、ハルさんが何なのーっ、て感じになってくれたら嬉しい」

 晶はあははと笑いながら、晴也の右手首を掴みなおして歩き出す。晴也は一人で赤面して、抵抗の芝居をしつつ彼について行った。
 こんな調子で、大丈夫なのか。不安とわくわくが同時に晴也の胸に押し寄せたが、晶と優弥なら何とかしてくれるだろうと思うことにした。それくらいには、晴也はこの二人のダンサーを信頼していた。


〈初出 2023.11.25 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:抱擁、ぬくもり〉
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