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たかが指輪、されど指輪②
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その時、ただいま、という声が玄関から聞こえた。時間がいつもより少し早い気がするが、ショーパブの舞台の後片づけが早く終わったとみえる。
「ハルさん、起きてて良かった……常連のお客さんからプレゼントを貰ったぞ」
水曜はゲイ向けのストリップデーなので、何か晶に手渡したらしいファンは、間違いなく男性だ。いつもならそんなことは気にならないのに、今夜の晴也はそれさえ何やらもやっとした。
「ふうん、何を貰ったんだ?」
気の無い返事をする晴也に、晶は鞄から一通の封筒をもったいぶって出し、妙に真面目な顔をしてゆっくりと手渡した。何芝居がかってんだと思いつつ見ると、封筒にはInvitationと、美しい飾り文字で書いてある。
晶は洗濯物を出しに、洗面台に向かう。晴也は中に入っているカードを、封筒から抜き出した。どこぞの店の割引券のようである。
「これからご結婚を考えているカップル様に、2023年いい夫婦の日限定ご招待……」
晴也は何の気なしにカードの文面を読み上げて、そこではたと声を止めた。そこに晶が戻ってきた。
「ほら、この間指輪くらい作れよ、みたいな話になっただろ? どうも優さんがこのお客さんにその話をしたみたいで、これをくれた」
晴也は晶をぱっと見上げた。彼は少しドヤ顔になっている。
「デザイナーズジュエリーを小さい店舗で取り扱ってる人なんだ……一見さんお断りで、個別接客してくれる店らしい」
晴也は驚いて、もう一度カードを見つめた。有効期限は、今日から今月末までと書いてある。何だか胸がどきどきしてきた。すると晶のがっかりしたような声がした。
「何だハルさん、あまり嬉しくなさそう……」
彼は叱られた犬のような風情を醸し出している。晴也は、そんなことない、と慌てて否定した。
「う、嬉しいよ、でっ、でも、デザイナーズジュエリーって……高いんだろ?」
「だから特別ご招待券なんだって……最大4割引だぞ、買わなくていいから遊びに来てほしいって言ってくれた」
晶は、どうする? と軽い調子で訊いてきた。晴也は興奮を抑えつつ、封筒の隅を握りしめる。
「いっ、行くぞ、今週中に……どんなのがあるのか見てみたい」
「よっしゃ、明日の朝一番に連絡するから、風呂入りながらいつがいいか決めて……午後以降なら明日でもいいって言ってたよ」
真っ赤な顔をして立ち尽くす晴也の代わりに、晶が風呂のお湯張りのスイッチを入れに行ってくれた。晴也は、一瞬でも晶に不信感に似た感情を抱いたことを悔やむ。そして、指輪の話を持ち出されただけで舞い上がってしまう自分が可笑しくなった。
「おおっハルさん、そんなに嬉しいか、持って帰ってきた甲斐があった」
晶は少し涙ぐんだ晴也の顔を覗きこんできて、言った。軽く抱きしめられて顔を上げると、彼も嬉しそうに笑っていた。
ちゃんとしたカップルである証が欲しい。もっと早くに、素直にそう言えばよかっただけなのに。晴也は晶に対して申し訳なくなる。本当に感激した時は、感情がくるくると回って忙しいものなのだと、あらためて晴也は思うのだった。
〈書き下ろし〉
「ハルさん、起きてて良かった……常連のお客さんからプレゼントを貰ったぞ」
水曜はゲイ向けのストリップデーなので、何か晶に手渡したらしいファンは、間違いなく男性だ。いつもならそんなことは気にならないのに、今夜の晴也はそれさえ何やらもやっとした。
「ふうん、何を貰ったんだ?」
気の無い返事をする晴也に、晶は鞄から一通の封筒をもったいぶって出し、妙に真面目な顔をしてゆっくりと手渡した。何芝居がかってんだと思いつつ見ると、封筒にはInvitationと、美しい飾り文字で書いてある。
晶は洗濯物を出しに、洗面台に向かう。晴也は中に入っているカードを、封筒から抜き出した。どこぞの店の割引券のようである。
「これからご結婚を考えているカップル様に、2023年いい夫婦の日限定ご招待……」
晴也は何の気なしにカードの文面を読み上げて、そこではたと声を止めた。そこに晶が戻ってきた。
「ほら、この間指輪くらい作れよ、みたいな話になっただろ? どうも優さんがこのお客さんにその話をしたみたいで、これをくれた」
晴也は晶をぱっと見上げた。彼は少しドヤ顔になっている。
「デザイナーズジュエリーを小さい店舗で取り扱ってる人なんだ……一見さんお断りで、個別接客してくれる店らしい」
晴也は驚いて、もう一度カードを見つめた。有効期限は、今日から今月末までと書いてある。何だか胸がどきどきしてきた。すると晶のがっかりしたような声がした。
「何だハルさん、あまり嬉しくなさそう……」
彼は叱られた犬のような風情を醸し出している。晴也は、そんなことない、と慌てて否定した。
「う、嬉しいよ、でっ、でも、デザイナーズジュエリーって……高いんだろ?」
「だから特別ご招待券なんだって……最大4割引だぞ、買わなくていいから遊びに来てほしいって言ってくれた」
晶は、どうする? と軽い調子で訊いてきた。晴也は興奮を抑えつつ、封筒の隅を握りしめる。
「いっ、行くぞ、今週中に……どんなのがあるのか見てみたい」
「よっしゃ、明日の朝一番に連絡するから、風呂入りながらいつがいいか決めて……午後以降なら明日でもいいって言ってたよ」
真っ赤な顔をして立ち尽くす晴也の代わりに、晶が風呂のお湯張りのスイッチを入れに行ってくれた。晴也は、一瞬でも晶に不信感に似た感情を抱いたことを悔やむ。そして、指輪の話を持ち出されただけで舞い上がってしまう自分が可笑しくなった。
「おおっハルさん、そんなに嬉しいか、持って帰ってきた甲斐があった」
晶は少し涙ぐんだ晴也の顔を覗きこんできて、言った。軽く抱きしめられて顔を上げると、彼も嬉しそうに笑っていた。
ちゃんとしたカップルである証が欲しい。もっと早くに、素直にそう言えばよかっただけなのに。晴也は晶に対して申し訳なくなる。本当に感激した時は、感情がくるくると回って忙しいものなのだと、あらためて晴也は思うのだった。
〈書き下ろし〉
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