調子に乗るから言わないけど好き 《ハルとショウの短編集》

穂祥 舞

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たかが指輪、されど指輪①

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 今日は11月22日、いい夫婦の日だということで、女装バー「めぎつね」では、お得意様だけに夫婦特典を用意していた。同性カップルを含めて、夫婦や婚約中の2人には、ソフトドリンクでもお酒でも好きなものを、ワンドリンク無料で提供する。
 これはサブママのミチルこと美智生の発案で、数人の常連客が、初めて連れ合いと一緒に来店した。夫に連れてこられた妻は、カウンターに並ぶ美貌の女装男子たちに揃って仰天したが、ホステスたちから男の声で気さくに話しかけられると、だんだん警戒心を解いてくれた。
 晴也はこうして、常連客の家族あるいは恋人が、「めぎつね」を胡散臭いぼったくりバーと誤解せずにいてくれることは素晴らしいと思うので、いい企画だと思った。それにみんなしっかり飲んで帰ってくれたので、結果的に売り上げも上がった。英子ママもほくほくである。
 いつものように23時に閉店して、晴也は先に帰宅し……といっても、もう日が変わってしまったのだが、晶が戻ったらすぐに寝ることができるように、タオルやら着替えやらを出した。いい夫婦かぁ、とちらっと思いながら。
 晴也の大学時代の同期に、この日が結婚記念日だという者もいる。別に何月何日に結婚しようが、結婚はそれからの時間が長くて大切なのだから、その日は通過点でしかないのだろうけれど。そんな風に考え込むのは、晴也も晶も自分たちの「記念日」というものに無頓着過ぎて、それをきっかけにお互いの関係を見直すようなことをしていないと感じることひとしおだからである。
 そもそも晴也は、晶と出逢うまで交際の経験がほぼ無かった。初めて出逢った記念日、一緒に旅行に行った記念日、マイホームに暮らし始めた記念日……などという話をしていた、今日めぎつねに来た仲良しの中年夫婦を見ていて、晴也は危機感じみたものを覚えた。俺たちはお互いの誕生日しか祝わないじゃないか、普通こんな風に、2人だけの記念日があるんじゃないのか?
 そしてふと、自分たちの関係が、世間から見ると割にいい加減なものであることに思い至る。一緒に暮らし始めた理由が、晶の精神状態が心配だったからなので、同性パートナーシップ制度を使う話なんか、これまで一度もしたことがない。この部屋は2人の名義で借りている(家主は2人が同性愛の関係であることを承知しているが)し、要するに晴也と晶は、単にルームシェアをしている社会人の男たちでしかないのだ。
 晴也はキッチンやトイレ、そして洗面台のタオルを替えながら、晶とこういう話を真面目にするほうがいいのだろうかと考えた。いつまでこの関係が続くかはわからないけれど、現時点で解消する予定は無い。長く一緒にいるつもりなら、お互いに対する認識を、一度意思疎通しておいたほうがいいような気がする。でも……面倒くさそうな顔を晶にされると想像しただけで、イラッとしてしまう。
 晶は決して、人間関係において不真面目でいい加減な人間ではない。それくらいはわかっている。ただ、彼は高校を卒業してすぐに英国にダンス留学をし、一度躓いたものの、今も踊っている自由人なので、日本の常識に若干当てはまらないところもある。晶が昼間勤務する輸入食品会社は小規模で、営業担当は彼とあと2人(しかもうち1人は事務と兼任らしい)なので、そこそこの数の従業員を抱える晴也の会社とは比較すべきではないが、晶の年齢で役職無しというのは、一般的に見たらどうなんだと言われても仕方がない気がする。
 勝手にもやもやする自分は弱いと晴也は思う。週に3日も女の恰好をして小遣い稼ぎをしているくせに、「普通」で「常識的」な関係を、男相手に求める滑稽さといったら……美智生にこんなことを話したら笑われそうだが、彼は金融機関の(おそらく)役職付きなので、立派な一般人なのだ。
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