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赤く青い思い出
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晴也は大学生の頃、旅行サークルに所属していたがあまり誰とも親しくなれなかった。同窓会などを経て、過去のわだかまりはほぼ拭えたものの、この時期スーパーの酒売り場で見かけるポスターが、古い傷をさわさわと撫でる。
「ボジョレ・ヌーヴォの予約? もうそんな季節か」
休日の昼間、2人で買い物をしていると、晶がそのポスターを見つけて言った。晴也はそっか、と応じ、副業先の女装バーの話をする。
「うちの店でも少し置くけど、楽しみにしてるお客様何人かいるよ」
晴也はクラフトビールの棚を物色する。
「俺はボジョレにいい思い出無くてさ」
ついぽろっと口を突いて出た言葉を、晶は聞き逃さない。
「おお、ハルさんの黒歴史を聞こうじゃないか」
「いや……学生時代のことだし、もういいんだけどな」
言いつつも、晴也は晶に簡単に話す。2回生は成人式を終えると、飲酒が解禁になるため、サークルのコンパで皆、いろいろな酒を試してみたがった。そもそも、サークル活動時間以外に大人数でわいわい騒ぐのが好きでない晴也には、飲み会が増えたこと自体が結構苦痛だった。また困ったことに、上級生の出席が多いコンパに、2回生は欠席しづらい。
「この時期に入った居酒屋でボジョレを出してくれたんだけど、みんな他の酒も飲むからワインが空かなかったんだよ、もったいないからお前飲めとか俺が先輩に言われて……」
晴也は決して酒は弱くはないが、生まれて初めての赤ワインは美味しく思えず、しかも酔いが早く回った。
サークルでの飲み会で酔い潰れる者が出ると、大概助け合って帰宅の段取りをするものだが、お開きと清算のあと、気がつくと晴也は店で独り取り残されていた。
「酷いだろ? 俺が酔っ払ってトイレでもたもたしてる間に、みんな店を出て解散してたんだ……俺に存在感が無いのはわかってたけど、あまりの扱いに泣きそうになったよ」
晴也の暗い声に、晶はそうか、と同情の相槌を打った。
「それくらいからかな、俺がサークルのコンパを避け出したのって」
そして晴也は、卒業までサークルに籍は置いていたものの、ごく限られた同級生数名としかまともに話さない陰キャの地位を確立してしまった。
「あの夜俺、生まれて初めて1人でタクシー拾って自宅まで帰ったんだ、足ふらふらで電車で帰れる気がしなくて……ワインなんて飲んだらろくなことないし、大人になんてなりたくなかったって密かに泣いたよ」
今思えば、これはちょっと大げさだ。晴也は話しながら笑ってしまう。すると晶は苦笑を浮かべて、言った。
「いや、俺酔っ払ったハルさんが、スケベな先輩にホテルに連れ込まれたとか話すんじゃないかと思って、今めちゃくちゃどきどきしたんだけど」
晶の言葉に、は? と晴也は声をひっくり返した。
「おまえってほんとに、発想がいつもそっちに向くよな、だいたい俺学生時代は非モテのノンケだったのに」
「自分が非モテだったかどうか、ハルさんにはわからないだろ? そんな深刻な顔でワインに酔った昔話をされたら、普通そっちに向くよ」
「いやぁ、普通ではないと思うんだけど」
2人で笑った。店員が何ごとかという顔でこちらを見ていたので、晴也は笑いを引っ込めて、クラフトビールを2本カゴに入れる。
「よしハルさん、今夜は赤ワインが合う夕飯にしよう……水曜に差し入れで貰ったワインを抜こうぜ」
晶は高らかに宣言した。彼は副業のゲイ向けストリップで、熱心なファンを沢山獲得していて、しばしばプレゼントを受け取ってくる。高価なものは辞退しているが、基本的に食べ物は断らないようだ。
「あのワイン、会社で聞いてみたら、結構お高いとわかってしまいました」
誰も聞いていないのに、晶は声をひそめる。
「俺もワインはそんなに知らないけど、ボジョレなんか青くて美味しくないんだ……ハルさんの不味い赤ワインの記憶を上書きしよう」
ボジョレの後で赤ワインを一切飲まなかったわけではないが、そう言ってもらうと晴也は楽しくなってきた。晶は続ける。
「美味い酒を飲んだら、大人になって良かったと思うぞ」
「今更だけどそうだな、じゃあ今日は肉かな?」
カートを生鮮食品の売り場に向ける。今日は2人だから、凝ったおかずを作ることもできそうだ。と言いつつ、具体的にどんな料理が赤ワインに合うのかよくわからないので、晴也はレシピを検索すべく、スマートフォンを出した。晶は晴也に合わせて、ゆっくりカートを押してくれていた。
〈初出 2023.10.21 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:ワイン、大人になんてなりたくなかった〉
「ボジョレ・ヌーヴォの予約? もうそんな季節か」
休日の昼間、2人で買い物をしていると、晶がそのポスターを見つけて言った。晴也はそっか、と応じ、副業先の女装バーの話をする。
「うちの店でも少し置くけど、楽しみにしてるお客様何人かいるよ」
晴也はクラフトビールの棚を物色する。
「俺はボジョレにいい思い出無くてさ」
ついぽろっと口を突いて出た言葉を、晶は聞き逃さない。
「おお、ハルさんの黒歴史を聞こうじゃないか」
「いや……学生時代のことだし、もういいんだけどな」
言いつつも、晴也は晶に簡単に話す。2回生は成人式を終えると、飲酒が解禁になるため、サークルのコンパで皆、いろいろな酒を試してみたがった。そもそも、サークル活動時間以外に大人数でわいわい騒ぐのが好きでない晴也には、飲み会が増えたこと自体が結構苦痛だった。また困ったことに、上級生の出席が多いコンパに、2回生は欠席しづらい。
「この時期に入った居酒屋でボジョレを出してくれたんだけど、みんな他の酒も飲むからワインが空かなかったんだよ、もったいないからお前飲めとか俺が先輩に言われて……」
晴也は決して酒は弱くはないが、生まれて初めての赤ワインは美味しく思えず、しかも酔いが早く回った。
サークルでの飲み会で酔い潰れる者が出ると、大概助け合って帰宅の段取りをするものだが、お開きと清算のあと、気がつくと晴也は店で独り取り残されていた。
「酷いだろ? 俺が酔っ払ってトイレでもたもたしてる間に、みんな店を出て解散してたんだ……俺に存在感が無いのはわかってたけど、あまりの扱いに泣きそうになったよ」
晴也の暗い声に、晶はそうか、と同情の相槌を打った。
「それくらいからかな、俺がサークルのコンパを避け出したのって」
そして晴也は、卒業までサークルに籍は置いていたものの、ごく限られた同級生数名としかまともに話さない陰キャの地位を確立してしまった。
「あの夜俺、生まれて初めて1人でタクシー拾って自宅まで帰ったんだ、足ふらふらで電車で帰れる気がしなくて……ワインなんて飲んだらろくなことないし、大人になんてなりたくなかったって密かに泣いたよ」
今思えば、これはちょっと大げさだ。晴也は話しながら笑ってしまう。すると晶は苦笑を浮かべて、言った。
「いや、俺酔っ払ったハルさんが、スケベな先輩にホテルに連れ込まれたとか話すんじゃないかと思って、今めちゃくちゃどきどきしたんだけど」
晶の言葉に、は? と晴也は声をひっくり返した。
「おまえってほんとに、発想がいつもそっちに向くよな、だいたい俺学生時代は非モテのノンケだったのに」
「自分が非モテだったかどうか、ハルさんにはわからないだろ? そんな深刻な顔でワインに酔った昔話をされたら、普通そっちに向くよ」
「いやぁ、普通ではないと思うんだけど」
2人で笑った。店員が何ごとかという顔でこちらを見ていたので、晴也は笑いを引っ込めて、クラフトビールを2本カゴに入れる。
「よしハルさん、今夜は赤ワインが合う夕飯にしよう……水曜に差し入れで貰ったワインを抜こうぜ」
晶は高らかに宣言した。彼は副業のゲイ向けストリップで、熱心なファンを沢山獲得していて、しばしばプレゼントを受け取ってくる。高価なものは辞退しているが、基本的に食べ物は断らないようだ。
「あのワイン、会社で聞いてみたら、結構お高いとわかってしまいました」
誰も聞いていないのに、晶は声をひそめる。
「俺もワインはそんなに知らないけど、ボジョレなんか青くて美味しくないんだ……ハルさんの不味い赤ワインの記憶を上書きしよう」
ボジョレの後で赤ワインを一切飲まなかったわけではないが、そう言ってもらうと晴也は楽しくなってきた。晶は続ける。
「美味い酒を飲んだら、大人になって良かったと思うぞ」
「今更だけどそうだな、じゃあ今日は肉かな?」
カートを生鮮食品の売り場に向ける。今日は2人だから、凝ったおかずを作ることもできそうだ。と言いつつ、具体的にどんな料理が赤ワインに合うのかよくわからないので、晴也はレシピを検索すべく、スマートフォンを出した。晶は晴也に合わせて、ゆっくりカートを押してくれていた。
〈初出 2023.10.21 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:ワイン、大人になんてなりたくなかった〉
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