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彼の桜文鳥

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 ペットショップの小鳥コーナーで、白やグレーの愛らしい文鳥たちが、餌を啄んだり客を値踏みするように首を傾げたりするのを、晶は飽きず眺めていた。
 中学生の頃まで、実家で雄の桜文鳥を飼っていた。何の気紛れか、父が友人から貰ってきたのだ。よく晴れた日だったので、母がサニーと名づけた。晶は可愛らしい小鳥の姿をひと目見て気に入り、学校にいる時間以外は自分が世話をすると家族に宣言した。
 初めよそよそしく、鳥籠の中でつんと澄ましていたサニーは、毎朝水を変え餌の様子を見に来る晶に一番に懐いた。兄と姉が、晶ばっかりと不満を訴えたが、鳥の決めたことだから仕方がない。
 サニーは籠から出ると、晶の頭や肩に止まり、その小さくて柔らかい頭をくりくり擦りつけてきたり、かと思えば何が気に入らないのか、いきなり手の甲を赤い嘴で突いたりした。あまりいたずらが過ぎると叱るのだが、拗ねたような態度を取るのがまた可愛らしかった。今思うと、文鳥らしい気の強さはあったが、愛嬌があり言うことをよく聞くほうだったと思う。
 鳥籠の中の桜文鳥が、晶のほうを向いてぴゅ、と鳴いた。

「お待たせ、トイレが遠くて微妙に迷った」

 同時に後ろから話しかけてきたのは、パートナーの晴也である。彼は白い肌で明るい色の髪をしていて、アーモンドの形をした目が、何処か鳥っぽい。

「あ、文鳥? 可愛いなあ」

 晴也は晶が見ていた桜文鳥に目を遣って、笑顔になった。彼は動物全般が好きだ。

「ハルさんの仲間」

 晶が冗談めかして言うと、晴也ははいはい、と苦笑気味に応じた。
 自己卑下傾向があり、すぐに自分に気を許してくれなかった晴也は、交際を始めた頃、その行動がなかなか読めなかった。ぷいっと顔を背けるのに、こちらが気になるようなそぶりを見せる。晶は、彼が文鳥……サニーのようだと思った。

「夕飯何にする? 鍋はちょっと気が早いかな」

 晴也に訊かれた晶は、少し考えた。

「そんなことないだろ、豚しゃぶとかどう?」
「あ、いいな、ゴマだれ買おう」

 そう答えた晴也の手を取り、晶は小鳥コーナーを後にした。普段晴也は人前で手を繋ぐのを嫌がるが、珍しく拒否しなかった。
 サニーはある冬の日、放鳥中に帰宅した兄の制服にふんを落として、怒った兄にほうきで追い回された挙げ句、開いていた廊下の小窓から逃げてしまった。晶は兄を責めて掴み合いの大喧嘩になり、両親から羽交い絞めにされ止められた。それっきりサニーは戻らず、晶は1週間泣き続けた。
 だから晶はたまに、晴也が何処かに飛んで行ってしまわないか不安になる。今もそれで、彼の手を取ったのだった。
 ペットショップを出た時、晴也は笑顔で言った。

「前も言っただろ、俺は黙って飛んで逃げたりしないぞ」

 彼は自分をコミュ障だと思いこんでいるが、なかなかどうして、他人の気持ちを察するのが早い。でなければ、女装バーの人気ホステスになどなれはしないだろう。

「気に入らないことがあったら、飛んで行く前におまえの目玉を突いて流血させてやるから、心配するな」

 このサニーは俺にだけ懐いてくれているが、やたらと物騒だ。晶は微苦笑して、可愛い桜文鳥の手を引き食料品売り場に向かった。休日の夕方のショッピングモールは、沢山の人で賑わっているので、互いを見失わないためだ。晴也の手を離さない理由を、晶は勝手に自分に言い聞かせていた。


〈初出 2023.7.3 2023年文披31題 day3 お題:文鳥〉
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