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初秋のモーニングコール
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晴也は寝室のベッドに腰を下ろして、晶と暮らし始めてから、ここで1人の夜を過ごすのは初めてだと思い至る。
いつもの水曜なら、晶の帰宅がショーパブでひと踊りした後で2時前になり、それから寝る準備をする。今夜は晶がいないので、晴也は女装バーの仕事から帰宅して、とっとと風呂に入った。だから、まだ1時だ。
晶は北海道に初出張中である。札幌に本社があるチェーンの小売店で、晶の会社が輸入しているタイのお菓子を取り扱ってもらうための営業に行った。北海道はお菓子大国なので、難しい商談になるかもしれないとのことだった。晶はショーパブの出演日である水曜に行きたくなかったようだが、社長直々に頼まれた。ダンス留学から故障のせいで帰国を余儀なくされたものの、社会人としてのスキルを何一つ持っていなかった晶を雇ってくれた社長である。彼のお願いを、晶が断れる筈がない。
晴也も晶も、新宿での夜の仕事はあくまでも副業なので、こんな風に予定がかち合えば本業優先である。晴也は、広々としたベッドで、晶が会社では営業担当なのだと、あらためて認識した気がしていた。
すすきので取引先の人たちと飲んでいたらしい晶は、十時にはホテルに戻っていたようだ。晴也は自分の帰宅時に彼に連絡して、先ほどおやすみとメッセージを送っておいた。
エアコンを就寝モードにして、明かりを落とす。2人だと暑いと今年はよく晶に文句を言ったが、今夜は1人で足元がすうすうする。頭にぽこぽこ浮かぶ、寂しいという言葉を否定しながら、晴也はタオルケットを胸の下まで引き上げた。
寝るのが少し早かったからか、翌朝はいつもより早くに目が覚めた。あ、やっぱりショウさんいないのか、などと思いながら、晴也はゆっくり身体を起こした。
顔を洗って湯を沸かしていると、スマートフォンが震えた。振動音がやけに長いので、電話だと気づく。晶からだった。
『ハルさんおはよう、寝坊するかと思ったからモーニングコールだよーん』
やたらと機嫌の良さそうな声がした。基本的に朝は不機嫌な晴也だが、今朝はこんな晶にうるさい、とは言う気になれない。それどころか、ちょっと懐かしく嬉しいくらいである。
「おはよう、早く寝たからもう起きてる」
『そうなんだ、俺がいなくて寂しくて泣きながら寝てなかったか心配でさ』
「馬鹿か、子どもじゃあるまいし」
多少図星ではあったが笑いながら応じ、晴也はやかんからマグカップに湯を注いだ。
「もう朝ごはん済ませたのか?」
『うん、何でもないビジホのモーニングなのに、ポテトサラダとか牛乳が美味しかったぞ、さすが北海道だよ』
晶の声は弾んでいる。今、ホテルの近所の公園を散歩しているらしい。
「何で出張先でそんな健康的な朝を迎えてるんだ」
トースターから食パンを出しながら、晴也は笑って突っ込んだ。
『そうなんだよ、異世界に来たような気分』
「大げさだなぁ、今日も商談するのか?」
『うん、こっちの希望通りにまとめられそうだ……すすきののスナックで踊った甲斐があったよ』
はぁ? と晴也は思わず声をひっくり返す。晶は電話の向こうでからから笑った。
『枕営業ならぬダンス営業』
「いやいや……お疲れさま」
そうとしか、晴也には返せない。まさかストリップはしていないのだろうけれど。
『美味しいもの買って帰るから楽しみにしてて、ああ、多くなったら送るかも』
トーストを噛みながら、晴也はうん、と答えた。高校を卒業してすぐに英国に渡った晶は、実はあまり国内旅行の経験が無い。北海道は初めてなので、はしゃいでいるのもあるだろう。
朝の忙しい時間に、30分も話してしまった。洗濯機が仕上がりの音楽を鳴らしたので、晴也は立ち上がる。
「洗濯干すから切るぞ、気をつけて」
『うん、あ……こっちやっぱり朝晩涼しいんだよな、画像送るよ……行ってらっしゃい』
晶は電話を切った。何のことかわからないが、とりあえずスマホを置き、少ない洗濯物を取り出しに行く。
手早く洗濯を干して洗い物を片づけた晴也は、軽く汗ばんだ。東京はまだまだ暑いので、札幌の晶が羨ましい。スマートフォンがまた震える。
「……わ」
送られてきた画像を見て、晴也は同じ日本の光景なのかと驚いた。画面の中で、公園の背の低い木々がきらきら輝いていた。もうあちらは、夜にかなり気温が下がるので、葉に朝露が降りるのだ。
ひと足先に秋が来てるんだな。晴也は画面を見ながら思う。ショウさんが、秋も連れて帰って来てくれたらいいのにな。そしたら、暑いから離れろってベッドで言わなくてよくなる。
鞄の中をチェックしながら、晴也はふと思い出す。今夜何時に帰ってくるとか、肝心な話をしていない。しかも今夜は副業なので、晴也の帰宅は遅い。夕飯も何とかするように伝えなくてはいけない。
長電話していたのに、何を話していたのやら。晴也は微苦笑しながら、出勤すべく、鍵を手に取った。
〈初出 2023.9.2 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:白露、長電話〉
いつもの水曜なら、晶の帰宅がショーパブでひと踊りした後で2時前になり、それから寝る準備をする。今夜は晶がいないので、晴也は女装バーの仕事から帰宅して、とっとと風呂に入った。だから、まだ1時だ。
晶は北海道に初出張中である。札幌に本社があるチェーンの小売店で、晶の会社が輸入しているタイのお菓子を取り扱ってもらうための営業に行った。北海道はお菓子大国なので、難しい商談になるかもしれないとのことだった。晶はショーパブの出演日である水曜に行きたくなかったようだが、社長直々に頼まれた。ダンス留学から故障のせいで帰国を余儀なくされたものの、社会人としてのスキルを何一つ持っていなかった晶を雇ってくれた社長である。彼のお願いを、晶が断れる筈がない。
晴也も晶も、新宿での夜の仕事はあくまでも副業なので、こんな風に予定がかち合えば本業優先である。晴也は、広々としたベッドで、晶が会社では営業担当なのだと、あらためて認識した気がしていた。
すすきので取引先の人たちと飲んでいたらしい晶は、十時にはホテルに戻っていたようだ。晴也は自分の帰宅時に彼に連絡して、先ほどおやすみとメッセージを送っておいた。
エアコンを就寝モードにして、明かりを落とす。2人だと暑いと今年はよく晶に文句を言ったが、今夜は1人で足元がすうすうする。頭にぽこぽこ浮かぶ、寂しいという言葉を否定しながら、晴也はタオルケットを胸の下まで引き上げた。
寝るのが少し早かったからか、翌朝はいつもより早くに目が覚めた。あ、やっぱりショウさんいないのか、などと思いながら、晴也はゆっくり身体を起こした。
顔を洗って湯を沸かしていると、スマートフォンが震えた。振動音がやけに長いので、電話だと気づく。晶からだった。
『ハルさんおはよう、寝坊するかと思ったからモーニングコールだよーん』
やたらと機嫌の良さそうな声がした。基本的に朝は不機嫌な晴也だが、今朝はこんな晶にうるさい、とは言う気になれない。それどころか、ちょっと懐かしく嬉しいくらいである。
「おはよう、早く寝たからもう起きてる」
『そうなんだ、俺がいなくて寂しくて泣きながら寝てなかったか心配でさ』
「馬鹿か、子どもじゃあるまいし」
多少図星ではあったが笑いながら応じ、晴也はやかんからマグカップに湯を注いだ。
「もう朝ごはん済ませたのか?」
『うん、何でもないビジホのモーニングなのに、ポテトサラダとか牛乳が美味しかったぞ、さすが北海道だよ』
晶の声は弾んでいる。今、ホテルの近所の公園を散歩しているらしい。
「何で出張先でそんな健康的な朝を迎えてるんだ」
トースターから食パンを出しながら、晴也は笑って突っ込んだ。
『そうなんだよ、異世界に来たような気分』
「大げさだなぁ、今日も商談するのか?」
『うん、こっちの希望通りにまとめられそうだ……すすきののスナックで踊った甲斐があったよ』
はぁ? と晴也は思わず声をひっくり返す。晶は電話の向こうでからから笑った。
『枕営業ならぬダンス営業』
「いやいや……お疲れさま」
そうとしか、晴也には返せない。まさかストリップはしていないのだろうけれど。
『美味しいもの買って帰るから楽しみにしてて、ああ、多くなったら送るかも』
トーストを噛みながら、晴也はうん、と答えた。高校を卒業してすぐに英国に渡った晶は、実はあまり国内旅行の経験が無い。北海道は初めてなので、はしゃいでいるのもあるだろう。
朝の忙しい時間に、30分も話してしまった。洗濯機が仕上がりの音楽を鳴らしたので、晴也は立ち上がる。
「洗濯干すから切るぞ、気をつけて」
『うん、あ……こっちやっぱり朝晩涼しいんだよな、画像送るよ……行ってらっしゃい』
晶は電話を切った。何のことかわからないが、とりあえずスマホを置き、少ない洗濯物を取り出しに行く。
手早く洗濯を干して洗い物を片づけた晴也は、軽く汗ばんだ。東京はまだまだ暑いので、札幌の晶が羨ましい。スマートフォンがまた震える。
「……わ」
送られてきた画像を見て、晴也は同じ日本の光景なのかと驚いた。画面の中で、公園の背の低い木々がきらきら輝いていた。もうあちらは、夜にかなり気温が下がるので、葉に朝露が降りるのだ。
ひと足先に秋が来てるんだな。晴也は画面を見ながら思う。ショウさんが、秋も連れて帰って来てくれたらいいのにな。そしたら、暑いから離れろってベッドで言わなくてよくなる。
鞄の中をチェックしながら、晴也はふと思い出す。今夜何時に帰ってくるとか、肝心な話をしていない。しかも今夜は副業なので、晴也の帰宅は遅い。夕飯も何とかするように伝えなくてはいけない。
長電話していたのに、何を話していたのやら。晴也は微苦笑しながら、出勤すべく、鍵を手に取った。
〈初出 2023.9.2 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:白露、長電話〉
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