34 / 68
ダンサーたちの願い
しおりを挟む
ショーパブ「ルーチェ」で、男5人のダンスユニット、ドルフィン・ファイブが出演する金曜日23時。今年は七夕に被ったということで、「みんなのお願い叶えます! リクエストデー」が開催されていた。
今回は過去に演ったダンスではなく、誰に何を踊ってみてほしい、こんな場面が見てみたいといった、妄想演出を中心に構成したとリーダーのユウヤは説明した。そのため斬新だったり笑えたりして、会場はテンションが高かった。
途中、ルーチェのマスターがキーボード、ユウヤがマイクを準備した。晴也は驚いたが、横に座る常連の美智生は、俺のリクエスト、と晴也に嬉しげに囁いた。
「マスターピアノ上手だし、ユウヤいい声なんだぞ」
「マスターのピアノは噂に聞いてます、優弥さんの歌も初めて聴きますね」
照明が少し落ち、シンプルな前奏から、ユウヤが歌い出す。
「ああ、マジェルさま……」
ショウを含む4人のダンサーが、黒い羽根を散らしたタイトな衣装で登場した。ショウの長い腕がそよぐのを見て、晴也は烏だと理解する。
「どうか憎むことのできない敵を、殺さないでいいように、早く……」
4羽の烏は敵対している様子だが、ショウだけはその表情や仕草から、争いたくないと訴えているのがわかる。
「この世界がなりますように、そのためならば……わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません」
ユウヤの深みと力のある声と、盛り上がるピアノに客席が引き込まれる。争っていた烏たちのばらばらだった踊りが、ショウを中心に少しずつシンクロし始める。
「早くこの世界が、なりますように」
烏たちが舞台前方に走り出てくる。祈るように腕を客席に向かって伸ばし、照明が眩しくなった。彼らの願いが聞き届けられたかのようだった。
「早くこの世界が、なりますように……」
ユウヤの歌が高まって、ピアノの後奏がそれに続いた。烏たちはショウを中心に集まりポーズを取る。ほんの数分の音楽と踊りが終わると、満席の客は拍手と口笛で喝采した。
晴也はユウヤの歌の力もさることながら、やはりショウの踊りから彼自身の祈りを聞いた気がして、胸が熱くなった。美智生は感動のあまり、涙をじゃあじゃあ流していた。
「いい歌だろ、あれ」
家に帰ると、客からの差し入れだという星の形をしたクッキーを開けて、晶は話した。
「優さんが歌うってのは美智生さんのリクエストで、あの歌……『祈り』って曲なんだけど、60代の常連さんからのリクエストなんだ」
「へえ……何か反戦歌っぽい?」
「詩は宮澤賢治だって……その人、父方も母方もお祖父さんが戦死してて、写真でしか顔を知らないらしい」
世界で争いが絶えず、ネットの中でもいつも誰かが傷ついている。こんな時だから、これをリクエストしたい。その女性はそう言ったという。
晶はクッキーを口に入れて、晴也にも箱を差し出す。もう2時を過ぎているのだが、明日は休みだからいいか、とつい手を伸ばした。
「でも今日は全体的にメッセージ性高くなかった?」
晴也が訊くと、さっすがハルさん、と晶はウインクしながら親指を立てた。
「俺や優さんは外国で暮らした経験があるから、人種差別はやめろ、戦争反対って、舞台人も主張するのが普通と思ってたんだけど、日本じゃそれ、否定的にイデオロギー扱いされて嫌がられるだろ?」
「うーん、舞台人でなくても、発信の仕方によっては忌避されそう」
晴也は言葉を選びながら答えた。そんな恋人の様子を見て、晶は微笑する。
「ハルさんもこういう話は苦手?」
晴也が黙って首を横に振ると、晶は話を継ぐ。
「今夜はそういう遠慮とか、モヤっとする風潮にオラついてみたんだ、主張のはっきりしているリクエストを演目化してね」
晴也はふと、考えを伝えることは難しいのだなと思う。戦争が嫌だと思うのは、当たり前だろうに。当たり前の願いであり、祈りではないのか。
「舞台芸術は平和な環境で誰もが楽しめるものであってほしいというのが、優さんと俺の考えな訳です」
「うん、たまにはいいこと言うな」
晴也は晶の言葉に共感しながら言った。しかし一番素晴らしいのは、ドルフィン・ファイブがああいう舞台を作ってくれると信じて、深夜のショーパブには不似合いかもしれない曲をリクエストした、60代の常連さんかもしれない。
「今日その人来てた?」
「来てたよ、泣いて喜んでくれた」
「あ、ミチルさんも優弥さんが歌ったから泣いて喜んでたぞ」
晴也の言葉に晶は笑った。
「あーリクエスト楽しいな、今回結構キツかったけどな」
晶は本来、世の中の理不尽や不当な差別に対して厳しい姿勢で臨む人間である。長いものに巻かれて目立たないように生きてきた晴也にとっては、舞台に立ってきたということも相まって、彼はやや異世界の人間だ。でも晶と一緒でなければ、男同士暮らすことや、女装を続けることを決意できなかった。
「人がその人らしく振る舞うのって、それだけで難しいなあ」
晴也がつい口にすると、そうだな、と晶は応じた。
「だから定期的にそういうことを考えるきっかけを作らないとな」
ショウさんはかっこいいなと、こういう時、晴也は思う。そんな彼に釣り合う自分になりたいから、晴也は胸を張って歩いて行こうと考える。
基本的に晴也は晶をおバカだと思っているので、彼の言う通り、たまにこんな姿を見せてくれると、ちょうどいい。
「さて、明日はのんびりできる日かな? 風呂入って寝るかぁ」
晶は伸びをする。晴也もクッキーの箱に蓋をした。
今夜沢山天に届くであろう願いが、ひとつでも多く叶えられるといいなと晴也は思った。
「祈り」(1995年初演)
曲:林光
詩:宮澤賢治(『烏の北斗七星』より)
〈書き下ろし〉
7月8日のBLワンライで「ねがいごと」「祈り」というお題をもらい、一番にこの林光の歌が出てきたのですが……うまくまとまらず時間オーバーしてしまったので、ゆっくり仕上げました。
今回は過去に演ったダンスではなく、誰に何を踊ってみてほしい、こんな場面が見てみたいといった、妄想演出を中心に構成したとリーダーのユウヤは説明した。そのため斬新だったり笑えたりして、会場はテンションが高かった。
途中、ルーチェのマスターがキーボード、ユウヤがマイクを準備した。晴也は驚いたが、横に座る常連の美智生は、俺のリクエスト、と晴也に嬉しげに囁いた。
「マスターピアノ上手だし、ユウヤいい声なんだぞ」
「マスターのピアノは噂に聞いてます、優弥さんの歌も初めて聴きますね」
照明が少し落ち、シンプルな前奏から、ユウヤが歌い出す。
「ああ、マジェルさま……」
ショウを含む4人のダンサーが、黒い羽根を散らしたタイトな衣装で登場した。ショウの長い腕がそよぐのを見て、晴也は烏だと理解する。
「どうか憎むことのできない敵を、殺さないでいいように、早く……」
4羽の烏は敵対している様子だが、ショウだけはその表情や仕草から、争いたくないと訴えているのがわかる。
「この世界がなりますように、そのためならば……わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません」
ユウヤの深みと力のある声と、盛り上がるピアノに客席が引き込まれる。争っていた烏たちのばらばらだった踊りが、ショウを中心に少しずつシンクロし始める。
「早くこの世界が、なりますように」
烏たちが舞台前方に走り出てくる。祈るように腕を客席に向かって伸ばし、照明が眩しくなった。彼らの願いが聞き届けられたかのようだった。
「早くこの世界が、なりますように……」
ユウヤの歌が高まって、ピアノの後奏がそれに続いた。烏たちはショウを中心に集まりポーズを取る。ほんの数分の音楽と踊りが終わると、満席の客は拍手と口笛で喝采した。
晴也はユウヤの歌の力もさることながら、やはりショウの踊りから彼自身の祈りを聞いた気がして、胸が熱くなった。美智生は感動のあまり、涙をじゃあじゃあ流していた。
「いい歌だろ、あれ」
家に帰ると、客からの差し入れだという星の形をしたクッキーを開けて、晶は話した。
「優さんが歌うってのは美智生さんのリクエストで、あの歌……『祈り』って曲なんだけど、60代の常連さんからのリクエストなんだ」
「へえ……何か反戦歌っぽい?」
「詩は宮澤賢治だって……その人、父方も母方もお祖父さんが戦死してて、写真でしか顔を知らないらしい」
世界で争いが絶えず、ネットの中でもいつも誰かが傷ついている。こんな時だから、これをリクエストしたい。その女性はそう言ったという。
晶はクッキーを口に入れて、晴也にも箱を差し出す。もう2時を過ぎているのだが、明日は休みだからいいか、とつい手を伸ばした。
「でも今日は全体的にメッセージ性高くなかった?」
晴也が訊くと、さっすがハルさん、と晶はウインクしながら親指を立てた。
「俺や優さんは外国で暮らした経験があるから、人種差別はやめろ、戦争反対って、舞台人も主張するのが普通と思ってたんだけど、日本じゃそれ、否定的にイデオロギー扱いされて嫌がられるだろ?」
「うーん、舞台人でなくても、発信の仕方によっては忌避されそう」
晴也は言葉を選びながら答えた。そんな恋人の様子を見て、晶は微笑する。
「ハルさんもこういう話は苦手?」
晴也が黙って首を横に振ると、晶は話を継ぐ。
「今夜はそういう遠慮とか、モヤっとする風潮にオラついてみたんだ、主張のはっきりしているリクエストを演目化してね」
晴也はふと、考えを伝えることは難しいのだなと思う。戦争が嫌だと思うのは、当たり前だろうに。当たり前の願いであり、祈りではないのか。
「舞台芸術は平和な環境で誰もが楽しめるものであってほしいというのが、優さんと俺の考えな訳です」
「うん、たまにはいいこと言うな」
晴也は晶の言葉に共感しながら言った。しかし一番素晴らしいのは、ドルフィン・ファイブがああいう舞台を作ってくれると信じて、深夜のショーパブには不似合いかもしれない曲をリクエストした、60代の常連さんかもしれない。
「今日その人来てた?」
「来てたよ、泣いて喜んでくれた」
「あ、ミチルさんも優弥さんが歌ったから泣いて喜んでたぞ」
晴也の言葉に晶は笑った。
「あーリクエスト楽しいな、今回結構キツかったけどな」
晶は本来、世の中の理不尽や不当な差別に対して厳しい姿勢で臨む人間である。長いものに巻かれて目立たないように生きてきた晴也にとっては、舞台に立ってきたということも相まって、彼はやや異世界の人間だ。でも晶と一緒でなければ、男同士暮らすことや、女装を続けることを決意できなかった。
「人がその人らしく振る舞うのって、それだけで難しいなあ」
晴也がつい口にすると、そうだな、と晶は応じた。
「だから定期的にそういうことを考えるきっかけを作らないとな」
ショウさんはかっこいいなと、こういう時、晴也は思う。そんな彼に釣り合う自分になりたいから、晴也は胸を張って歩いて行こうと考える。
基本的に晴也は晶をおバカだと思っているので、彼の言う通り、たまにこんな姿を見せてくれると、ちょうどいい。
「さて、明日はのんびりできる日かな? 風呂入って寝るかぁ」
晶は伸びをする。晴也もクッキーの箱に蓋をした。
今夜沢山天に届くであろう願いが、ひとつでも多く叶えられるといいなと晴也は思った。
「祈り」(1995年初演)
曲:林光
詩:宮澤賢治(『烏の北斗七星』より)
〈書き下ろし〉
7月8日のBLワンライで「ねがいごと」「祈り」というお題をもらい、一番にこの林光の歌が出てきたのですが……うまくまとまらず時間オーバーしてしまったので、ゆっくり仕上げました。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
馬鹿な先輩と後輩くん
ぽぽ
BL
美形新人×平凡上司
新人の教育係を任された主人公。しかし彼は自分が教える事も必要が無いほど完璧だった。だけど愛想は悪い。一方、主人公は愛想は良いがミスばかりをする。そんな凸凹な二人の話。
━━━━━━━━━━━━━━━
作者は飲み会を経験した事ないので誤った物を書いているかもしれませんがご了承ください。
本来は二次創作にて登場させたモブでしたが余りにもタイプだったのでモブルートを書いた所ただの創作BLになってました。
[急募]三十路で童貞処女なウザ可愛い上司の落とし方
ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
\下ネタ上等!/ これは、そんな馬鹿な貴方を好きな、馬鹿な俺の話 / 不器用な部下×天真爛漫な上司
*表紙*
題字&イラスト:木樫 様
( Twitter → @kigashi_san )
( アルファポリス → https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/266628978 )
※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください
(拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!)
営業課で業績最下位を記録し続けていた 鳴戸怜雄(なるどれお) は四月、企画開発課へと左遷させられた。
異動に対し文句も不満も抱いていなかった鳴戸だが、そこで運命的な出会いを果たす。
『お前が四月から異動してきたクソ童貞だな?』
どう見ても、小学生。口を開けば下ネタばかり。……なのに、天才。
企画開発課課長、井合俊太(いあいしゅんた) に対し、鳴戸は真っ逆さまに恋をした。
真面目で堅物な部下と、三十路で童顔且つ天才だけどおバカな上司のお話です!!
※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※ 2022.10.10 レイアウトを変更いたしました!!
チート魔王はつまらない。
碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王
───────────
~あらすじ~
優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。
その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。
そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。
しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。
そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──?
───────────
何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*)
最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`)
※BLove様でも掲載中の作品です。
※感想、質問大歓迎です!!
潔癖症な村人A
べす
BL
昔々、自他共に認める潔癖性の青年が居ました。
その青年はその事が原因で自分が人間で無い事を知り、寿命や時間の流れの感じ方から他の人間との別れを恐れて交流を絶ってしまいます。
そんな時、魔導師の少年と出会い、寂しさを埋めていきますが…
解放
papiko
BL
過去にCommandされ、名前を忘れた白銀の髪を持つ青年。年齢も分からず、前のDomさえ分からない。瞳は暗く影が落ち、黒ずんで何も映さない。
偶々、甘やかしたいタイプのアルベルに拾われ名前を貰った白銀の青年、ロイハルト。
アルベルが何十という数のDomに頼み込んで、ロイハルトをDropから救い出そうとした。
――――そして、アルベル苦渋の決断の末、選ばれたアルベルの唯一無二の親友ヴァイス。
これは、白銀の青年が解放される話。
〘本編完結済み〙
※ダイナミクスの設定を理解してる上で進めています。一応、説明じみたものはあります。
※ダイナミクスのオリジナル要素あります。
※3Pのつもりですが全くやってません。
※番外編、書けたら書こうと思います。
【リクエストがあれば執筆します。】
新緑の少年
東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。
家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。
警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。
悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。
日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。
少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。
少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。
ハッピーエンドの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる