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さくら、霞か雲か

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 薄暗い舞台に、柔らかくぼんやりとした白い光が入る。それはやがて仄かな赤みを帯びて、満開の桜を思わせる色の照明になった。
 琴の音が響いた。「さくらさくら」が優雅に流れ始めて、5人の男のシルエットが舞台の上下から現れる。彼らが横一列に並んでポーズを取るとスポットが入り、観客が一斉に溜め息をついた。男たちは真っ黒の艶のあるスーツ姿で、右手に銀色の扇を開いて持っていた。淡い桜色の中に、黒と銀が映える。
 日舞風の振り付けで踊る5人の中で、センターを張るショウは決して目立つ体格ではない。しかし、彼が琴の音に合わせて長い腕を優雅にそよがせ、扇をくるりと返して口許を隠すと、その色気に客席の目はつい彼を追ってしまう。
 晴也は大胆で美しい演出に驚いていた。お客さんにお花見を楽しんでもらいたいと思って、とショウこと晶は話してくれていたが、琴3台で奏でられる「さくら変奏曲」とこの和風な背景に、黒いスーツと靴を合わせてくるとは思わなかった。晶が家で銀の扇を閉じたり開いたりしていたので、和服で踊るとばかり思っていた。ドルフィン・ファイブの舞台では和装は滅多に無いので、今のメンバーでは、ユウヤとショウしかまともに着物の裾が捌けなさそうだが。
 3つ目の変奏が始まると、5人は扇を袖に投げ込み、琴が刻む音をステップでなぞっていく。一見ちぐはぐなようなのに、小気味良いダンスが弦に弾かれた音にマッチして楽しい。彼らが中央から客席に向かってくるくるとターンすると、満開の桜が風にさわさわと揺れる、晴れやかな空気感が伝わってくるようだった。

「わぁ、花見だ……これは日本酒飲みたくなるな」

 金曜日の常連である美智生が、晴也の隣の席で軽く身を乗り出す。その表情が、マスク越しでも楽し気になったのがわかった。派手な音楽ではないし、奇抜な振り付けでもないのに、舞台の上で高まる熱が、客席にじわじわと広がってきた。
 最後の変奏が静かに終わると、集まってポーズを決めた5人の姿がシルエットに変わり、背景の桜色が一気に白金になって弾けた。晴也も一瞬目が眩む。
 舞台は真っ暗になったが、すぐに照明が入った。そこにはスーツ姿の5人が笑顔で並んでいた。彼らは歓喜の大きな拍手に手を振って応える。



 ショーの日はいつも車を使う晶が、珍しく電車で帰ろうと言っていたので、舞台がはねた後、晴也は彼と並んで家路についた。自宅の最寄り駅に着くと、晶は回り道をしたいと言う。

「え? あっちのコンビニしか売ってないお酒でも買うのか?」

 晴也が訊くと、それもいいな、と晶は応じた。衣装の入ったカバンを肩からかけ直して、晶は晴也を見る。

「公園の桜が咲いてるんだ、夜桜眺めて帰ろう」

 ふうん、と晴也は答えたが、こんな時間に公園に行くなんて、酔っ払いと変質者しかいないように思え、少し怖かった。
 ところが公園には、予想外に一般市民の姿が多かった。金曜の夜というのもあるだろう。桜の木々に灯りの入った提灯が連なり、その下を人がぱらぱらと歩いている。花の真下のベンチでは、缶ビール片手のカップルが肩を寄せ合っていた。
 灯りに浮かぶ七分咲きの桜は、輪郭が掠れて神秘的に見えた。遠くまでぼんやりと、夜の闇に花が光る。

「さっきの舞台の桜のシーン、ほんとはこんな感じにしたかったんだけど」

 晶は微笑した。優弥たちと案を練ったが、夜桜はどうもホラーになりそうだからと、午後の花見にイメージを変えたらしい。

「でもあれ良かったよ、楽しかった」

 晴也は言った。心からの言葉だった。

「ファンの皆さんとは昼間のお花見で、俺とは夜桜ってことでいいんじゃないか?」

 晴也は何の気なしに言ったが、晶の切れ長の目が少し蕩けた。

「そう? じゃあゆっくり通り抜けて帰ろう」

 晶が肘を出してくるので、晴也はそこに迷わず腕を通した。夜の闇が深くて、提灯の灯りが負けそうだからか、人目は気にならなかった。真夜中の花見デートも悪くない。明日の朝は、一緒に思いきり遅寝しよう。



☆「さくら変奏曲」宮城道雄(1923)

〈初出 2023.3.25 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:お花見、夜桜〉
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