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彼のほんとのきもち
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晶は隣で寝ている晴也を見て驚いた。呼吸音が浅くて早いと気づき、熱でもあるのかと心配になったのだが、頭にぴょこんと耳が生えているのがまず視界に入った。
足のほうでぱしっ、とシーツを叩く音がした。思わずそちらを見ると、晴也の髪と同じ色の尻尾らしきものがぴくぴくしている。それは晴也の尾骶骨辺りから伸びていた。
何だこれは。確かにハルさんはツンデレだけど、文鳥じゃなく猫化するのは意外だ。晶はこの奇妙な状況を楽しむことにした。
晴也はいつも通り、顔を丁寧に洗い朝食を食べ始めたが、グレープフルーツの実が少し乾き気味なのを見て、ふん、と不満気に鼻を鳴らす。どうした? と晶は声をかけたが、晴也は答えない。
半猫になった晴也は、人の言葉が話せなかった。だが晶には、彼がにゃ、と小さく鳴くと、何を訴えているのかをだいたい察することができた。猫の晴也はなかなかわがままで、グレープフルーツの乾いた部分には一切手をつけないし、紅茶をもう一杯淹れるまで、ダイニングテーブルから離れない。かと思えば、片づけもせずにぷいとリビングに行ってしまった。
晶は苦笑しつつ、リビングのマットに直に寝転ぶ晴也の顔に手を伸ばした。すると彼は目を吊り上げ、歯を剥いて威嚇してきた。これにはちょっと悲しくなった。
「そんなに嫌がらなくても……」
つい口にしても、晴也は壁のほうを向き、オリーブがかった茶色い尻尾を揺らすだけである。
諦めてソファに座りテレビをつけると、音楽番組をやっていた。晶はそちらに集中し、歌を聴きながら、何となく頭の中で振りをつけ始めて腕をすいと上げた。すると晴也がその手にいきなり飛びついて来た。
「えっ何ハルさん!」
驚いた晶は思わず腕を振ったが、晴也は二の腕を掴んで離してくれない。にゃあ(遊べコラ)、と彼は訴えた。仕方なく晶は音楽に合わせて腕を揺らし、そこに半分ぶら下がる嬉しげな晴也の相手をしてやる。晶は猫を飼ったことはないが、実家にいるラブラドールレトリバーのエリザベスが、小さい頃にタオルを噛んで引っぱり、離さなかったことを思い出していた。
やがて晴也はその遊びに飽きたらしく、腕を離し、晶の足元で丸くなった。可愛らしいなと思う。
「ここに来れば?」
晶は座るソファの右側を軽く叩いた。晴也はのっそりと頭を上げ、仕方ないなとでも言いたげな顔をした。そしてソファに座り、晶の右膝に頭を乗せて小さくなった。
気を許してくれているようなので、晴也の耳の間を軽く撫でてみた。彼は一瞬ぴくりと身体を震わせたが、すぐに頭を晶の脚にすりすりと擦りつけて来る。気持ちいいらしい。
「あ、俺たまにハルさんに膝枕してもらうけど、俺がしたことって無いのかなぁ」
晶は柔らかい髪を撫でながら言った。晴也は低く、ごろごろと喉を鳴らした。彼の身体が温かくて、下半身が温もってくると、眠気までやって来る。晴也はもしかして、自分にしてほしいことを、結構言えなかったりするんだろうか……考えながら、晶は軽く目を閉じた。心地良いひとときだった。
「俺が猫に?」
夢を見た話をすると、晴也はスプーンを手にしたまま言った。晶は彼の意外そうな顔を見て、笑った。
「うん、結構やりたい放題された」
晴也はあはは、と笑ってから、半分に切ったグレープフルーツにスプーンを入れる。
「今日のはすごい汁気多いなぁ」
その嬉しげな声を聞いた晶は、実の乾いたグレープフルーツに当たってしまった時、晴也が本当にがっかりしていることに気づく。
リビングのソファで並んでのんびり座っていると、晴也は小さな欠伸をした。晶はすかさず、左膝を叩いてみせる。
「ここで寝る? たまにはどう?」
晴也は変なものを見る目になった。これは違ったかなと晶は思った。
しかし晴也は立ち上がって、手をちょいちょいと動かし、晶に左に寄るよう指示した。そして晶の右に座り直し、こてっと上半身を倒した。晶の膝の上に体重をかけてきた晴也は、半猫の彼よりも重く、ここにいるという存在感があった。
「左膝の上は駄目だろ」
そう言って、晴也は身体を丸めた。晶自身よりも晶の古傷を気にしてくれている。それにもちょっとじんとしてしまい、晶は晴也の頭をくしゃくしゃとしてしまう。
「わ、何なんだよ、寝てもいいんだよな?」
晴也は威嚇はしなかったが、困惑気味に言った。晶の手の動きが優しくなると、彼は肩の力を抜いてくれた。
やっぱり膝枕をするのは初めてだと晶は思う。晴也の呼吸は間もなく、深くて静かなものに変わった。
〈初出 2023.2.19 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:猫、ツンデレ〉
足のほうでぱしっ、とシーツを叩く音がした。思わずそちらを見ると、晴也の髪と同じ色の尻尾らしきものがぴくぴくしている。それは晴也の尾骶骨辺りから伸びていた。
何だこれは。確かにハルさんはツンデレだけど、文鳥じゃなく猫化するのは意外だ。晶はこの奇妙な状況を楽しむことにした。
晴也はいつも通り、顔を丁寧に洗い朝食を食べ始めたが、グレープフルーツの実が少し乾き気味なのを見て、ふん、と不満気に鼻を鳴らす。どうした? と晶は声をかけたが、晴也は答えない。
半猫になった晴也は、人の言葉が話せなかった。だが晶には、彼がにゃ、と小さく鳴くと、何を訴えているのかをだいたい察することができた。猫の晴也はなかなかわがままで、グレープフルーツの乾いた部分には一切手をつけないし、紅茶をもう一杯淹れるまで、ダイニングテーブルから離れない。かと思えば、片づけもせずにぷいとリビングに行ってしまった。
晶は苦笑しつつ、リビングのマットに直に寝転ぶ晴也の顔に手を伸ばした。すると彼は目を吊り上げ、歯を剥いて威嚇してきた。これにはちょっと悲しくなった。
「そんなに嫌がらなくても……」
つい口にしても、晴也は壁のほうを向き、オリーブがかった茶色い尻尾を揺らすだけである。
諦めてソファに座りテレビをつけると、音楽番組をやっていた。晶はそちらに集中し、歌を聴きながら、何となく頭の中で振りをつけ始めて腕をすいと上げた。すると晴也がその手にいきなり飛びついて来た。
「えっ何ハルさん!」
驚いた晶は思わず腕を振ったが、晴也は二の腕を掴んで離してくれない。にゃあ(遊べコラ)、と彼は訴えた。仕方なく晶は音楽に合わせて腕を揺らし、そこに半分ぶら下がる嬉しげな晴也の相手をしてやる。晶は猫を飼ったことはないが、実家にいるラブラドールレトリバーのエリザベスが、小さい頃にタオルを噛んで引っぱり、離さなかったことを思い出していた。
やがて晴也はその遊びに飽きたらしく、腕を離し、晶の足元で丸くなった。可愛らしいなと思う。
「ここに来れば?」
晶は座るソファの右側を軽く叩いた。晴也はのっそりと頭を上げ、仕方ないなとでも言いたげな顔をした。そしてソファに座り、晶の右膝に頭を乗せて小さくなった。
気を許してくれているようなので、晴也の耳の間を軽く撫でてみた。彼は一瞬ぴくりと身体を震わせたが、すぐに頭を晶の脚にすりすりと擦りつけて来る。気持ちいいらしい。
「あ、俺たまにハルさんに膝枕してもらうけど、俺がしたことって無いのかなぁ」
晶は柔らかい髪を撫でながら言った。晴也は低く、ごろごろと喉を鳴らした。彼の身体が温かくて、下半身が温もってくると、眠気までやって来る。晴也はもしかして、自分にしてほしいことを、結構言えなかったりするんだろうか……考えながら、晶は軽く目を閉じた。心地良いひとときだった。
「俺が猫に?」
夢を見た話をすると、晴也はスプーンを手にしたまま言った。晶は彼の意外そうな顔を見て、笑った。
「うん、結構やりたい放題された」
晴也はあはは、と笑ってから、半分に切ったグレープフルーツにスプーンを入れる。
「今日のはすごい汁気多いなぁ」
その嬉しげな声を聞いた晶は、実の乾いたグレープフルーツに当たってしまった時、晴也が本当にがっかりしていることに気づく。
リビングのソファで並んでのんびり座っていると、晴也は小さな欠伸をした。晶はすかさず、左膝を叩いてみせる。
「ここで寝る? たまにはどう?」
晴也は変なものを見る目になった。これは違ったかなと晶は思った。
しかし晴也は立ち上がって、手をちょいちょいと動かし、晶に左に寄るよう指示した。そして晶の右に座り直し、こてっと上半身を倒した。晶の膝の上に体重をかけてきた晴也は、半猫の彼よりも重く、ここにいるという存在感があった。
「左膝の上は駄目だろ」
そう言って、晴也は身体を丸めた。晶自身よりも晶の古傷を気にしてくれている。それにもちょっとじんとしてしまい、晶は晴也の頭をくしゃくしゃとしてしまう。
「わ、何なんだよ、寝てもいいんだよな?」
晴也は威嚇はしなかったが、困惑気味に言った。晶の手の動きが優しくなると、彼は肩の力を抜いてくれた。
やっぱり膝枕をするのは初めてだと晶は思う。晴也の呼吸は間もなく、深くて静かなものに変わった。
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