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彼がハイヒールを履いたなら
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池袋のとあるセレクトショップでは、男が女性の服や服飾雑貨を選んでいても、店員が普通に接してくれる。
晴也は女装バー「めぎつね」の同僚・ミチルこと美智生からそんな話を聞いた。気になって仕方がないので、日曜の午後に晶を誘って偵察に向かうことにした。
男の姿のままで婦人服を買いに行くのは、筋金入りの女装男子にとっても、かなりハードルが高い。池袋駅東口を出てから、緊張してあまり口をきかない晴也を見て、晶は笑った。
「チラ見して気まずかったら、とっとと去ればいいだけじゃないか」
「だって、わざわざ来たのに……」
「あとで俺もダンス用品店で靴を見たいし、美味しいお菓子食べて帰ろう」
その店は古いビルの1階にあった。店の間口が広くて、様子を窺いやすい。晴也はどきどきしながら、明るい店内を覗く。
「紳士も置いてるみたいだけど、男だけで買い物してる人なんかいないぞ」
晴也は晶を振り返る。晶は苦笑した。
「はいはい、とりあえず入って」
店内は壁面を服が埋めていて、段になった平台に靴や鞄や小物が展開していた。店舗の広さの割に取り扱う商品が多い印象である。上品目カジュアルといった感じだが、価格帯は思ったほど上ではない。
晴也の目が、綺麗な淡い緑色のパンプスに惹きつけられた。しかし女性たちがその場に2人いて、近くに行き辛い。
その時、カフェオレのような色の髪をふわふわさせた店員が、もじもじする晴也にすっと近寄ってきた。ややハスキーな声で話しかけてくる。
「ご覧になりたいものがありますか?」
彼女の黒に近い大きな瞳と、丁寧に塗られた青みがかったマスカラがよく合っていて美しい。が、晴也はぎくりとした。……この人、男だ。完成度は凄く高いけれど。
「あっ、あの、その、あのピスタチオみたいな色のパンプス、見せてほしい、とか、アリですか?」
晴也がつかえながら答えると、店員はにっこり笑う。フレアスカートを揺らしながら、晴也をレジの横の試着室に導いた。晶はのんびりと自分の服を見ていたが、晴也のほうを見て頷く。
広い試着室の中の丸椅子に座って待つと、店員が靴の箱を持ってきてくれた。晴也はあっ、と言って背筋を伸ばした。
「俺今靴下です、試着できません」
やはりスカートで来るべきだった。パンストを穿いていないので、パンプスが履けない。
「あ、これ使ってください」
店員はショートストッキングを差し出す。晴也は驚きつつ、礼を言い靴下と履き替える。
「これ僕もおばさんアイテムだと思ってたんですよ、でも女装男子のパンツスタイルには必須ですね、トイレに行きやすいので」
店員はさらりと言った。やっぱり、と晴也は思いつつ、足先を靴にそっと入れた。
「気づいてらっしゃいました? 同類ってわかっちゃいますよね、僕もお客様来た時、もしかしてと思ったので」
店員は男女両方の姿で接客するという。平日の夜に女装男子が来店することが多いので、昼休みに着替える日もあると彼は話した。晴也はいろいろな意味で感心する。
「あっ、素敵ですね、立ってみてください」
店員に促されて晴也は腰を上げたが、視界が高い。つま先に未知の圧迫感がある。
「これ、ヒール何センチですか?」
「7センチですね……ヒール太くて安定感ありますから、歩きやすいですよ」
店員は晴也の足と靴を触りながら、サイズはぴったりだと嬉しげに言った。
晴也はこれまで4センチ以上のヒールの靴を履いたことがない。恐る恐る足を踏み出してみる。少し靴が重いが、思ったより違和感は無かった。
靴の綺麗な色に気分が上がる。履き口のカットがシャープで、甘過ぎないのもいい。晶を呼ぼうと思いカーテンを開けると、彼はちょうどこちらにやって来た。
「おおハルさん、いい色だ」
「うん、ハイヒールデビューだよ」
晴也は晶の正面に立ち、彼と目の高さがほぼ変わらない新鮮さにときめいた。晴也と晶の身長差は5センチなので、計算上は今晴也のほうが高いことになる。
「ハルさんは踵の高いものを履いたほうがいいな、背中がしゃんとするから」
晶が言って、顔を近づけてきた。
「チューしやすいかも」
切れ長の目が真剣である。晴也はぎょっとした。
「おっおまえバカか、こんなとこでやめろっ」
反射的に晶の顔を押しのけると、店員がくすくす笑う。
「仲良しなんですね、羨ましい」
「扱いにくくて困ってますけどね」
ちゃっかりしている晶は、そう言いながら店員にダンサー仕様の名刺を渡し、ショーの宣伝まで始めた。晴也もめぎつねの名刺を店員に渡す。
晴也はハイヒールを、晶はカットソーをバーゲン価格で手に入れて、店を辞した。店員は店の入り口まで2人を送ってくれた。
「やったなハルさん、お客様をゲットしたぞ」
「休みの日まで営業するなよ」
「いやいや、あの人きっと来てくれるよ」
晶が上機嫌なのが可笑しい。そう突っ込むと、彼の目が笑った。
「晴也が新しい扉を開けて楽しそうなのを見ると、俺もハッピーになる」
何言ってんだ、という言葉は口から出なかった。晴也は靴の入った紙袋に視線を落とす。頬がちょっと熱くなった。
〈初出 2023.1.15 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:女装、ハイヒール〉
晴也は女装バー「めぎつね」の同僚・ミチルこと美智生からそんな話を聞いた。気になって仕方がないので、日曜の午後に晶を誘って偵察に向かうことにした。
男の姿のままで婦人服を買いに行くのは、筋金入りの女装男子にとっても、かなりハードルが高い。池袋駅東口を出てから、緊張してあまり口をきかない晴也を見て、晶は笑った。
「チラ見して気まずかったら、とっとと去ればいいだけじゃないか」
「だって、わざわざ来たのに……」
「あとで俺もダンス用品店で靴を見たいし、美味しいお菓子食べて帰ろう」
その店は古いビルの1階にあった。店の間口が広くて、様子を窺いやすい。晴也はどきどきしながら、明るい店内を覗く。
「紳士も置いてるみたいだけど、男だけで買い物してる人なんかいないぞ」
晴也は晶を振り返る。晶は苦笑した。
「はいはい、とりあえず入って」
店内は壁面を服が埋めていて、段になった平台に靴や鞄や小物が展開していた。店舗の広さの割に取り扱う商品が多い印象である。上品目カジュアルといった感じだが、価格帯は思ったほど上ではない。
晴也の目が、綺麗な淡い緑色のパンプスに惹きつけられた。しかし女性たちがその場に2人いて、近くに行き辛い。
その時、カフェオレのような色の髪をふわふわさせた店員が、もじもじする晴也にすっと近寄ってきた。ややハスキーな声で話しかけてくる。
「ご覧になりたいものがありますか?」
彼女の黒に近い大きな瞳と、丁寧に塗られた青みがかったマスカラがよく合っていて美しい。が、晴也はぎくりとした。……この人、男だ。完成度は凄く高いけれど。
「あっ、あの、その、あのピスタチオみたいな色のパンプス、見せてほしい、とか、アリですか?」
晴也がつかえながら答えると、店員はにっこり笑う。フレアスカートを揺らしながら、晴也をレジの横の試着室に導いた。晶はのんびりと自分の服を見ていたが、晴也のほうを見て頷く。
広い試着室の中の丸椅子に座って待つと、店員が靴の箱を持ってきてくれた。晴也はあっ、と言って背筋を伸ばした。
「俺今靴下です、試着できません」
やはりスカートで来るべきだった。パンストを穿いていないので、パンプスが履けない。
「あ、これ使ってください」
店員はショートストッキングを差し出す。晴也は驚きつつ、礼を言い靴下と履き替える。
「これ僕もおばさんアイテムだと思ってたんですよ、でも女装男子のパンツスタイルには必須ですね、トイレに行きやすいので」
店員はさらりと言った。やっぱり、と晴也は思いつつ、足先を靴にそっと入れた。
「気づいてらっしゃいました? 同類ってわかっちゃいますよね、僕もお客様来た時、もしかしてと思ったので」
店員は男女両方の姿で接客するという。平日の夜に女装男子が来店することが多いので、昼休みに着替える日もあると彼は話した。晴也はいろいろな意味で感心する。
「あっ、素敵ですね、立ってみてください」
店員に促されて晴也は腰を上げたが、視界が高い。つま先に未知の圧迫感がある。
「これ、ヒール何センチですか?」
「7センチですね……ヒール太くて安定感ありますから、歩きやすいですよ」
店員は晴也の足と靴を触りながら、サイズはぴったりだと嬉しげに言った。
晴也はこれまで4センチ以上のヒールの靴を履いたことがない。恐る恐る足を踏み出してみる。少し靴が重いが、思ったより違和感は無かった。
靴の綺麗な色に気分が上がる。履き口のカットがシャープで、甘過ぎないのもいい。晶を呼ぼうと思いカーテンを開けると、彼はちょうどこちらにやって来た。
「おおハルさん、いい色だ」
「うん、ハイヒールデビューだよ」
晴也は晶の正面に立ち、彼と目の高さがほぼ変わらない新鮮さにときめいた。晴也と晶の身長差は5センチなので、計算上は今晴也のほうが高いことになる。
「ハルさんは踵の高いものを履いたほうがいいな、背中がしゃんとするから」
晶が言って、顔を近づけてきた。
「チューしやすいかも」
切れ長の目が真剣である。晴也はぎょっとした。
「おっおまえバカか、こんなとこでやめろっ」
反射的に晶の顔を押しのけると、店員がくすくす笑う。
「仲良しなんですね、羨ましい」
「扱いにくくて困ってますけどね」
ちゃっかりしている晶は、そう言いながら店員にダンサー仕様の名刺を渡し、ショーの宣伝まで始めた。晴也もめぎつねの名刺を店員に渡す。
晴也はハイヒールを、晶はカットソーをバーゲン価格で手に入れて、店を辞した。店員は店の入り口まで2人を送ってくれた。
「やったなハルさん、お客様をゲットしたぞ」
「休みの日まで営業するなよ」
「いやいや、あの人きっと来てくれるよ」
晶が上機嫌なのが可笑しい。そう突っ込むと、彼の目が笑った。
「晴也が新しい扉を開けて楽しそうなのを見ると、俺もハッピーになる」
何言ってんだ、という言葉は口から出なかった。晴也は靴の入った紙袋に視線を落とす。頬がちょっと熱くなった。
〈初出 2023.1.15 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:女装、ハイヒール〉
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