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ハッピー・バレンタイン
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晴也にとって、バレンタインデーは学生の頃から、明らかにウザいイベントである。高校生の時、クラスの人気者の女子からいきなりチョコレートを手渡され、あたふたしたのを観察されて笑われた(その女子もグルだった)。大学生になると、サークル内で適当な義理チョコを渡される男子という地位に定着し、それは就職してからも続いている。貰えるだけマシという声もあるし、今は男と暮らしているので、周囲の女性にどう思われていようが、全然構わないのだが。
晶は高校を卒業してすぐにイギリスに渡ったので、日本式バレンタインデーにあまり免疫が無い。先週は水曜も金曜も、ルーチェで踊った後に、男女問わずファンから沢山のチョコレートを手渡されて、ハイテンションで帰って来た。
イギリスでは、2月14日は男性が女性に愛を伝える日なのだそうで、晶は時間があれば、晴也の好きな惣菜やケーキを買って来てくれる。晴也は晶と本格的に交際し始めてから、どうせそこらじゅうで貰って来るのだから、自分が彼にチョコレートを渡す必要はないと考えていた。だがその反面、ちょっと申し訳無くも思っている。
そこで晴也は一念発起し、めぎつねの常連客から情報を得て、前日に仕事が終わってから(月曜の夜は晶は実家のダンスクラスに教えに行くので、秘密の買い物をするには好都合だった)、デパートで女たちに紛れてチョコレートを物色した。混雑する催事場をうろつきながら、女性はこんな戦場に毎年赴くのかと興味深く思う。自分を含めて、ぽつぽつと参加する男たちは皆肩身が狭そうだ。
週末に売り切れたのだろう、ショーケースが空っぽのブランドもあったが、晴也は遊び心があって美味しそうな国産のチョコレートを見つけた。若い女の子に混じって会計の列に並ぶと、何となくうきうきした。
バレンタインデー当日、晴也は例年のように会社で義理チョコを受け取り、帰宅した。クリームシチューを作ろうと決めていたので、早速じゃがいもの皮を水で洗い始める。
具を煮込み始めた頃、晶が帰って来た。今年はフェアトレードがキーワードなのだそうで、彼の会社が輸入しているチョコレートがよく売れていると話す。そう言えばデパートにそんなのもあったと、晴也はうっかり口を滑らせそうになり、話題を変える。
「シチューまだ30分ほどかかるかな」
晴也が言うと、晶は本日の戦利品……取引先で貰ったらしいチョコレートをテーブルに並べ始めた。
「どれか食べる?」
今渡すべきだろうか。晴也は食器棚の隅に隠していたチョコレートを、いそいそと出してきた。
「あ、あのさ……これ」
晴也の差し出した小さな紙袋を見て、おっ、と晶は声を裏返した。
「これを私めに? なんと光栄な」
「こんなのたぶん好きだろ」
晴也が用意したのは、棒つきのチョコレートを花束のようにまとめたものだった。円錐形に合わせた紙袋からそれを出した晶は、おおっ、と破顔した。
「洒落てるなあ、チュッパチャプスみたい」
晶は早速プラスチックのパッケージを開け、チョコレートの一本を引き抜いた。楽しげに包装を外して、目の前に掲げるポーズを取ってから、口に入れる。
「美味しい~」
そう言って貰えると、嬉しいものである。晴也はにんまりした。
「そうだ、俺も今年はハルさんにチョコレート買ったんだって」
晶はチョコレートを咥えたまま、鞄の底から、スイスのチョコレートブランドの紙袋を出した。晴也はそれを見て、あっ、と思わず言った。
「お客さんに貰っためちゃ美味しいやつ!」
めぎつねでは、何かイベントがあるとそれに合わせたお菓子をママが用意してくれて、客に手渡す。晴也は常連客から、クリスマスのお返しだと、昨年末にそのチョコレートを2個受け取ったのだった。
「喜んでたなって思い出したんだ、いろんな味を10個詰めて来たぞ」
晶は勿体ぶって、球状のチョコレートが詰められたパッケージを紙袋から出した。そして自分がそれを開け、赤い包みの1個をつまみ出した。
「ちょ、何でおまえが食べるんだよ」
思わず晴也が苦情を申し立てると、晶は包みを解く。
「はい、あーん」
「は?」
「餌づけ餌づけ」
棒を咥えた晶に丸いチョコレートを突きつけられて、晴也は口を開けた。それは口の中で僅かにとろけ、甘い香りが鼻に抜ける。割に大きくて、噛もうとすると、んふ、と変な声が出た。そんな晴也を見て、晶が笑う。
美味しい。ああ、チョコレートって……しあわせをもたらす食べ物かもしれない。顔を見合わせ晶と笑いながら、晴也は初めてそんな風に思った。根菜の煮える匂いが、キッチンから漂ってきていた。
〈初出 2023.2.11 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:バレンタインデー、チョコレート〉
晶は高校を卒業してすぐにイギリスに渡ったので、日本式バレンタインデーにあまり免疫が無い。先週は水曜も金曜も、ルーチェで踊った後に、男女問わずファンから沢山のチョコレートを手渡されて、ハイテンションで帰って来た。
イギリスでは、2月14日は男性が女性に愛を伝える日なのだそうで、晶は時間があれば、晴也の好きな惣菜やケーキを買って来てくれる。晴也は晶と本格的に交際し始めてから、どうせそこらじゅうで貰って来るのだから、自分が彼にチョコレートを渡す必要はないと考えていた。だがその反面、ちょっと申し訳無くも思っている。
そこで晴也は一念発起し、めぎつねの常連客から情報を得て、前日に仕事が終わってから(月曜の夜は晶は実家のダンスクラスに教えに行くので、秘密の買い物をするには好都合だった)、デパートで女たちに紛れてチョコレートを物色した。混雑する催事場をうろつきながら、女性はこんな戦場に毎年赴くのかと興味深く思う。自分を含めて、ぽつぽつと参加する男たちは皆肩身が狭そうだ。
週末に売り切れたのだろう、ショーケースが空っぽのブランドもあったが、晴也は遊び心があって美味しそうな国産のチョコレートを見つけた。若い女の子に混じって会計の列に並ぶと、何となくうきうきした。
バレンタインデー当日、晴也は例年のように会社で義理チョコを受け取り、帰宅した。クリームシチューを作ろうと決めていたので、早速じゃがいもの皮を水で洗い始める。
具を煮込み始めた頃、晶が帰って来た。今年はフェアトレードがキーワードなのだそうで、彼の会社が輸入しているチョコレートがよく売れていると話す。そう言えばデパートにそんなのもあったと、晴也はうっかり口を滑らせそうになり、話題を変える。
「シチューまだ30分ほどかかるかな」
晴也が言うと、晶は本日の戦利品……取引先で貰ったらしいチョコレートをテーブルに並べ始めた。
「どれか食べる?」
今渡すべきだろうか。晴也は食器棚の隅に隠していたチョコレートを、いそいそと出してきた。
「あ、あのさ……これ」
晴也の差し出した小さな紙袋を見て、おっ、と晶は声を裏返した。
「これを私めに? なんと光栄な」
「こんなのたぶん好きだろ」
晴也が用意したのは、棒つきのチョコレートを花束のようにまとめたものだった。円錐形に合わせた紙袋からそれを出した晶は、おおっ、と破顔した。
「洒落てるなあ、チュッパチャプスみたい」
晶は早速プラスチックのパッケージを開け、チョコレートの一本を引き抜いた。楽しげに包装を外して、目の前に掲げるポーズを取ってから、口に入れる。
「美味しい~」
そう言って貰えると、嬉しいものである。晴也はにんまりした。
「そうだ、俺も今年はハルさんにチョコレート買ったんだって」
晶はチョコレートを咥えたまま、鞄の底から、スイスのチョコレートブランドの紙袋を出した。晴也はそれを見て、あっ、と思わず言った。
「お客さんに貰っためちゃ美味しいやつ!」
めぎつねでは、何かイベントがあるとそれに合わせたお菓子をママが用意してくれて、客に手渡す。晴也は常連客から、クリスマスのお返しだと、昨年末にそのチョコレートを2個受け取ったのだった。
「喜んでたなって思い出したんだ、いろんな味を10個詰めて来たぞ」
晶は勿体ぶって、球状のチョコレートが詰められたパッケージを紙袋から出した。そして自分がそれを開け、赤い包みの1個をつまみ出した。
「ちょ、何でおまえが食べるんだよ」
思わず晴也が苦情を申し立てると、晶は包みを解く。
「はい、あーん」
「は?」
「餌づけ餌づけ」
棒を咥えた晶に丸いチョコレートを突きつけられて、晴也は口を開けた。それは口の中で僅かにとろけ、甘い香りが鼻に抜ける。割に大きくて、噛もうとすると、んふ、と変な声が出た。そんな晴也を見て、晶が笑う。
美味しい。ああ、チョコレートって……しあわせをもたらす食べ物かもしれない。顔を見合わせ晶と笑いながら、晴也は初めてそんな風に思った。根菜の煮える匂いが、キッチンから漂ってきていた。
〈初出 2023.2.11 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:バレンタインデー、チョコレート〉
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