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節分に鬼は踊る②
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鬼たちは般若の面を外し、ダンスクラスの子どもたちからのショウ先生、ユウヤ先生だぁ、といった声に笑顔で応えた。優弥は晶がイギリスの舞台に出演して日本を離れた時に、ダンスクラスの臨時講師を務めて以来、吉岡バレエスタジオと繋がりができている。発表会に賛助出演したり、中学2年生以上でダンス歴が3年を超える基礎クラスの生徒に、特別レッスンをしたりしている。
2人の巫女を中心にして、4人のダンサーは手を繋ぎ、観客に挨拶した。バレエクラスの子たちは、巫女たちに手を振っていた。吉岡校長が彼らの許に籠をひとつずつ持って行き、生徒に向き直った。
「はい皆さん、お楽しみいただけましたか?」
わっと拍手が起きた。
「ではこれから先生方から皆さんに、節分の豆をプレゼントしますよ……ほんとうは皆さんが鬼に豆を投げるのがいいんですけれど、掃除が大変なのと、ショウ先生とユウヤ先生がかわいそうなのでやめておきますね」
女の生徒たちはくすくす笑った。こういうところがおしゃまさんだなと晴也は思う。
4人の講師は、籠の中に入った豆入りの袋を掴み、吉岡校長の掛け声に合わせて、子どもたちに向かって投げた。きゃあっという声とともに、小さな手が一斉に上がる。
晴也は微笑ましくその光景を眺めていたが、ふと晶と目があった気がした。彼は口許を緩めて、晴也に向かって豆の袋を投げてきた。晴也は思わず、うわっ! と小さく叫んだ。
ゆったりと弧を描いて落ちてきた袋は、2つは晴也の前に座っていた子どもたちに奪われたが、ひとつが晴也の構えた手に収まった。周りに座る子たちが、おおっ、ナイスキャッチ、と拍手をする。
講師たちは生徒全員に最低一袋が行き渡っているかを確認して、もう一度皆に向かって一礼した。晴也はせっかく受け取った福豆を失くさないように、鞄にそっと入れた。
「あー、盛り上がって良かった」
ハンドルを切りながら、晶は笑い混じりに言った。節分の日にレッスンがあると、豆を配ることは以前からあったというが、イベントとして講師が踊るのは初めての試みだったらしい。
「みんな大喜びだったぞ、お茶タイムでダンスクラスの子たちがバレエクラスの子と語らってたのも良かったな」
晴也が言うと、晶はそうだな、と同意した。別のクラスの生徒同士が接触することは、普段無いからだ。
「優弥さんといつ練習したんだ?」
「昨日のショーの前にちょろっとと、直前のリハーサル……だけかな? まあリハは、女性陣と合わせるのがメインだったから」
それであれだけ合わせるのだから、やはり大したものである。
「それにしても、2人とも思いっきり叩いてたな」
晴也が言うと、晶はそうなんだよぉ、と情けない声を出す。
「リハでは叩くふりだったんだけど、優さんがガチで叩けって余計なこと言って、おふくろまで本気出せとか言うから……結構痛かったんだけど……」
晴也は笑ってしまう。生徒たちは大喜びだったが。
「身体張る場所が間違ってる気がして仕方ないよ」
「うん、じゃあ力出そうなものでも食べて帰ろうよ、昨日は巻き寿司であっさりだったし」
夕食にちょうどいい時間になっていた。こんな時間に晶と車で出かけて、車道沿いの飲食店を使うというのは、実はこれまであまりしたことがなかった。
「わかった、何食う? 焼肉? にんにくモノ?」
やけに嬉し気に言う晶に、晴也は思わず首を傾げた。
「……何かおまえ勘違いしてない?」
「へ?」
信号が赤になり、晶はゆっくりブレーキを踏んで晴也の顔を見た。
「精のつくものを食うって話だろ? ハルさんからそんなアプローチをしてくれるなんて、感激だよ……いい年の始まりになりそう」
いや、ちょっと違う……晴也は言いたかったが、説明が難しい気がした。車が発進し、現れ始めた飲食店の看板をチェックしながら、スケベな鬼はやはり成敗せねばならないと晴也は思った。……帰ったらあの豆を投げつけてやろう。
〈書き下ろし〉
2人の巫女を中心にして、4人のダンサーは手を繋ぎ、観客に挨拶した。バレエクラスの子たちは、巫女たちに手を振っていた。吉岡校長が彼らの許に籠をひとつずつ持って行き、生徒に向き直った。
「はい皆さん、お楽しみいただけましたか?」
わっと拍手が起きた。
「ではこれから先生方から皆さんに、節分の豆をプレゼントしますよ……ほんとうは皆さんが鬼に豆を投げるのがいいんですけれど、掃除が大変なのと、ショウ先生とユウヤ先生がかわいそうなのでやめておきますね」
女の生徒たちはくすくす笑った。こういうところがおしゃまさんだなと晴也は思う。
4人の講師は、籠の中に入った豆入りの袋を掴み、吉岡校長の掛け声に合わせて、子どもたちに向かって投げた。きゃあっという声とともに、小さな手が一斉に上がる。
晴也は微笑ましくその光景を眺めていたが、ふと晶と目があった気がした。彼は口許を緩めて、晴也に向かって豆の袋を投げてきた。晴也は思わず、うわっ! と小さく叫んだ。
ゆったりと弧を描いて落ちてきた袋は、2つは晴也の前に座っていた子どもたちに奪われたが、ひとつが晴也の構えた手に収まった。周りに座る子たちが、おおっ、ナイスキャッチ、と拍手をする。
講師たちは生徒全員に最低一袋が行き渡っているかを確認して、もう一度皆に向かって一礼した。晴也はせっかく受け取った福豆を失くさないように、鞄にそっと入れた。
「あー、盛り上がって良かった」
ハンドルを切りながら、晶は笑い混じりに言った。節分の日にレッスンがあると、豆を配ることは以前からあったというが、イベントとして講師が踊るのは初めての試みだったらしい。
「みんな大喜びだったぞ、お茶タイムでダンスクラスの子たちがバレエクラスの子と語らってたのも良かったな」
晴也が言うと、晶はそうだな、と同意した。別のクラスの生徒同士が接触することは、普段無いからだ。
「優弥さんといつ練習したんだ?」
「昨日のショーの前にちょろっとと、直前のリハーサル……だけかな? まあリハは、女性陣と合わせるのがメインだったから」
それであれだけ合わせるのだから、やはり大したものである。
「それにしても、2人とも思いっきり叩いてたな」
晴也が言うと、晶はそうなんだよぉ、と情けない声を出す。
「リハでは叩くふりだったんだけど、優さんがガチで叩けって余計なこと言って、おふくろまで本気出せとか言うから……結構痛かったんだけど……」
晴也は笑ってしまう。生徒たちは大喜びだったが。
「身体張る場所が間違ってる気がして仕方ないよ」
「うん、じゃあ力出そうなものでも食べて帰ろうよ、昨日は巻き寿司であっさりだったし」
夕食にちょうどいい時間になっていた。こんな時間に晶と車で出かけて、車道沿いの飲食店を使うというのは、実はこれまであまりしたことがなかった。
「わかった、何食う? 焼肉? にんにくモノ?」
やけに嬉し気に言う晶に、晴也は思わず首を傾げた。
「……何かおまえ勘違いしてない?」
「へ?」
信号が赤になり、晶はゆっくりブレーキを踏んで晴也の顔を見た。
「精のつくものを食うって話だろ? ハルさんからそんなアプローチをしてくれるなんて、感激だよ……いい年の始まりになりそう」
いや、ちょっと違う……晴也は言いたかったが、説明が難しい気がした。車が発進し、現れ始めた飲食店の看板をチェックしながら、スケベな鬼はやはり成敗せねばならないと晴也は思った。……帰ったらあの豆を投げつけてやろう。
〈書き下ろし〉
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