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節分に鬼は踊る①

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 その日は、吉岡バレエスタジオにて、節分のちょっとしたイベントが企画されていた。晴也はここで、メイク担当のハルさん、あるいはダンス基礎クラスのショウ先生のパートナーとして、講師や生徒たちに認識されていて、こういう日に招待されることも多い。
 ダンスクラスだけでなく、バレエのクラスの子たちも集まっていたので、レッスン室は子どもたちでごちゃごちゃしていた。密を避けるために、保護者の参加は断っているとのことで、晴也は子どもの座る場所の整理を、晶の母……バレエスタジオの校長・吉岡沙代子さよことともにする羽目になった。

「はい皆さん、昨日は節分でしたね、節分って何の日か知ってる人」

 場が落ち着き、校長が尋ねると、子どもたちははあい、とわれ先に手を上げる。

「鬼に豆を投げる日でーす」
「どうして投げるのかな?」
「豆を投げて、良くないものを追い出します」

 そうですね、と吉岡沙代子はにっこり笑った。

「節分というのは冬と春を分ける日、という意味で、翌日の今日が立春となりますね、昔は節分が一年の始まりでした……だからいい歳であることを願って悪いものを追い払うんです」

 彼女は歯切れよく続ける。

「お正月に目標が立てられなかった人も、昨日今日から新しい年が始まったと思って、気持ちを新たにしてほしいと思います」

 ふうん、と子どもたちは一様に感心したような声を上げた。晴也の印象として、この教室に通う子たちは皆こましゃくれているが、やはりそこそこいい家の子が多いからか、先生の言うことを良く聞き、純粋な反応を示す。
 吉岡校長の話が終わると、バレエスタジオの講師たちによる演技が始まった。女性2人が更衣室の扉から出てきてポーズをとり、校長がコンポの再生キーを押した。巫女のような衣装を着た講師たちが、雅楽のような音楽に合わせて舞う。彼女らがトウシューズでつま先立ちのままくるくると回転すると、着物風の透けた上着もふわふわと揺れた。子どもたちのあいだから、憧れと感嘆の混じった小さな声が洩れる。晴也も巫女たちの優雅な踊りを楽しんだ。
 音楽が変わり、太鼓の音が不穏に流れ始めると、更衣室の扉から2匹の鬼が飛び出して来た。全身タイツに、いわゆる虎のパンツ姿の赤鬼と青鬼は、般若の面をつけている。それを見た小さな子がきゃっ、と小さな悲鳴を上げた。
 巫女たちは怯えたように手を取り合い、鬼たちは彼女らを威嚇しながら飛び跳ねて踊った。巫女たちが慌てて出て行くと、鬼たちの独壇場である。太鼓に合わせてやたらとキレのいいダンスを見せる2匹を見て、晴也は先に笑いが来てしまった。きっと晶が受け持つ生徒たちも気づいているだろうが、軽いステップの黒い髪の青鬼は晶である。ダイナミックな動きの金髪の赤鬼は、おそらくドルフィン・ファイブのリーダーの優弥だ。踊りを見て分かるくらいには、晴也は彼らのショーに入り浸っている。
 鬼たちが客席の子どもたちにちょっかいを出し始めて、皆がきゃあきゃあ言う中、巫女たちが扉から颯爽と現れた。手には大きな茶色い棍棒を持っていて、彼女らがそれを高々と掲げると、子どもたちは喝采した。音楽が変わり、金管楽器のファンファーレが轟く。
 巫女たちはバレリーナとは思えない勢いで、鬼たちを棍棒で殴り始めた。棍棒は紙か何かでできているようだったが、彼女らが鬼に向かって振り下ろすたびにぱこぱこ音がするので、晴也はあ然とする。子どもたちと吉岡校長は大喜びしていた。
 勇敢な巫女たちの活躍のおかげで平和が守られ、2匹の鬼は床にのびてしまった。巫女たちが鬼たちを踏みつけながら優雅にポーズを決めると、観客は笑いと大きな拍手を送った。
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