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互いの手が温かいので
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「寒いな」
晶はおもむろに呟いた。晴也もそうだな、と返す。
晶のショーがはねてから、珍しく今夜は電車で帰って来た。車検に車を出していて、代車が運転しにくいらしく、晶はここのところあまり車に乗らない。
衣装が入った大きな鞄を肩から下げ、ロングコートの裾を翻しながら歩く晶に、道行く人がちらっと視線を送ってくる。背筋を伸ばし、無駄のない脚運びで歩く晶は、目立つのである。
「車でばっかり移動してたら、夜がこんなに寒くなってるって実感できないな」
晶にうん、と答える晴也は、今夜は男もののコートを着込んでいる。この寒さで女装してスカートを穿くのは少し躊躇われた。男の姿になると全く冴えない晴也なので、晶の横で歩くのに少し気後れしてしまう。
ようやくマンションが見えて来て、どちらともなくほっと息をつく。その時、後ろからやや酔っているらしい女の声がした。
「前歩いてる男の人、背中イケメンじゃね?」
「どっち? 右の人? 顔確認して来なよ」
「えーっ、それ変な人じゃん」
晶は自分の噂を聞かされていることに、苦笑した。
「めちゃ酔ってるっぽい、襲われるんじゃないか……」
晴也のほうを向いた晶が言い終わらないうちに、乱暴にアスファルトに打ちつけられる、複数のヒールのガツガツという足音(晴也が3センチヒールのパンプスさえ履きこなせなかった頃、こんな音がしたものだった)が、背後から近づいて来た。
振り返るより早く、二十代半ばくらいの女性が二人、晴也と晶の前に回り込んできた。晴也は驚いて立ち止まり、思わず晶に身体を寄せた。晶も流石に驚いたようで、身構えている。
女たちはこの寒い中、酔って暑いのだろう、コートの前を開け、マフラーを巻かずにだらりと首からぶら下げていた。こんな格好をしたら、めぎつねの英子ママに怒られそうだなと晴也は思う。
酔って走ったせいで真っ直ぐ立てないらしく、彼女らの上体がゆらゆら揺れた。
「ああっ、やっぱりイケメンだった!」
「ほんとだっ、こんなところで何このラッキー」
呂律が回らない二人の女は、やたらに楽しそうである。彼女らは晶の顔をしげしげと見つめてから、晴也の顔を同時に見た。
「こっちの人は普通だぁ」
「えっ、男? あたし女の人かと思った」
晴也は言いたい放題の女たちにイラッとして、思わず言った。
「うるせぇよ、何か用かっ! この……」
その時右手に温かいものが触れた。晴也はどきりとして言葉を切る。
「あっ怒ってる、ごめんなさいっ!」
「でもブサメンじゃないよ! イケメンズ、またね! おやすみなさぁい!」
女たちはげらげら笑いながら、また靴の踵をガツガツいわせて小走りで去って行った。晴也は晶にそっと手を取られたまま、あ然とする。
「何だあれ……」
晶はくすくす笑った。
「何処かのキャバクラの子かなぁ、あんなに酔っ払って大丈夫かな」
「知るか、転んでたらいいんだ」
繋がれた晶の手にきゅっと力が入った。
「酔った人相手に本気でキレない、めぎつねのハルらしくないぞ」
晴也はマスクの中で唇を尖らせた。
「俺は男の時はこんなのなんだよ」
「何卑屈になってるんだ」
晶は晴也の手を引いた。晴也はそれについて行く。確かに、酔った若い女の子相手に、ちょっと大人気なかったと反省した。彼女らもきっと、飲まずにはいられないことがいろいろあるのだろう。
「……あ」
マンションの前で、晴也は空を見上げて足を止めた。晴れた夜空に星が煌めいている。
「オリオン座だよ」
「ほんとだ、きらきらしてるな」
晶も空を見て言った。
コートの陰で、二人の手は繋がれたままである。お互いの手の温もりが心地良いことが、本格的な冬の訪れの何よりの証拠だった。
〈初出 2022.12.3 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:ロングコート、こっそり手を繋ぐ〉
晶はおもむろに呟いた。晴也もそうだな、と返す。
晶のショーがはねてから、珍しく今夜は電車で帰って来た。車検に車を出していて、代車が運転しにくいらしく、晶はここのところあまり車に乗らない。
衣装が入った大きな鞄を肩から下げ、ロングコートの裾を翻しながら歩く晶に、道行く人がちらっと視線を送ってくる。背筋を伸ばし、無駄のない脚運びで歩く晶は、目立つのである。
「車でばっかり移動してたら、夜がこんなに寒くなってるって実感できないな」
晶にうん、と答える晴也は、今夜は男もののコートを着込んでいる。この寒さで女装してスカートを穿くのは少し躊躇われた。男の姿になると全く冴えない晴也なので、晶の横で歩くのに少し気後れしてしまう。
ようやくマンションが見えて来て、どちらともなくほっと息をつく。その時、後ろからやや酔っているらしい女の声がした。
「前歩いてる男の人、背中イケメンじゃね?」
「どっち? 右の人? 顔確認して来なよ」
「えーっ、それ変な人じゃん」
晶は自分の噂を聞かされていることに、苦笑した。
「めちゃ酔ってるっぽい、襲われるんじゃないか……」
晴也のほうを向いた晶が言い終わらないうちに、乱暴にアスファルトに打ちつけられる、複数のヒールのガツガツという足音(晴也が3センチヒールのパンプスさえ履きこなせなかった頃、こんな音がしたものだった)が、背後から近づいて来た。
振り返るより早く、二十代半ばくらいの女性が二人、晴也と晶の前に回り込んできた。晴也は驚いて立ち止まり、思わず晶に身体を寄せた。晶も流石に驚いたようで、身構えている。
女たちはこの寒い中、酔って暑いのだろう、コートの前を開け、マフラーを巻かずにだらりと首からぶら下げていた。こんな格好をしたら、めぎつねの英子ママに怒られそうだなと晴也は思う。
酔って走ったせいで真っ直ぐ立てないらしく、彼女らの上体がゆらゆら揺れた。
「ああっ、やっぱりイケメンだった!」
「ほんとだっ、こんなところで何このラッキー」
呂律が回らない二人の女は、やたらに楽しそうである。彼女らは晶の顔をしげしげと見つめてから、晴也の顔を同時に見た。
「こっちの人は普通だぁ」
「えっ、男? あたし女の人かと思った」
晴也は言いたい放題の女たちにイラッとして、思わず言った。
「うるせぇよ、何か用かっ! この……」
その時右手に温かいものが触れた。晴也はどきりとして言葉を切る。
「あっ怒ってる、ごめんなさいっ!」
「でもブサメンじゃないよ! イケメンズ、またね! おやすみなさぁい!」
女たちはげらげら笑いながら、また靴の踵をガツガツいわせて小走りで去って行った。晴也は晶にそっと手を取られたまま、あ然とする。
「何だあれ……」
晶はくすくす笑った。
「何処かのキャバクラの子かなぁ、あんなに酔っ払って大丈夫かな」
「知るか、転んでたらいいんだ」
繋がれた晶の手にきゅっと力が入った。
「酔った人相手に本気でキレない、めぎつねのハルらしくないぞ」
晴也はマスクの中で唇を尖らせた。
「俺は男の時はこんなのなんだよ」
「何卑屈になってるんだ」
晶は晴也の手を引いた。晴也はそれについて行く。確かに、酔った若い女の子相手に、ちょっと大人気なかったと反省した。彼女らもきっと、飲まずにはいられないことがいろいろあるのだろう。
「……あ」
マンションの前で、晴也は空を見上げて足を止めた。晴れた夜空に星が煌めいている。
「オリオン座だよ」
「ほんとだ、きらきらしてるな」
晶も空を見て言った。
コートの陰で、二人の手は繋がれたままである。お互いの手の温もりが心地良いことが、本格的な冬の訪れの何よりの証拠だった。
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