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卯年ですので②
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きれいなカラーイラストが晴也の目を引いた。細マッチョでハンサムな男性が長い耳をつけ、蝶ネクタイと手首カフス、それにポンポンの尻尾がついた黒いボクサーだけを身につけて見返っていた。なかなかセクシーである。
「こんな感じ?」
晴也がスマホの画面を向けると、晶はうわ、と言ってから笑った。
「これは……ああ、なるほど……」
「ショウさん似合うんじゃないかな」
「俺のこの姿見てみたい?」
晶が楽しげに訊いてくるので、晴也はうん、と頷いた。しかし彼は、いきなり口をへの字に曲げて不満を示す。
「……ハルさんは俺がこんな格好をして、不特定多数の男に視姦されるのを目の当たりにしても、平気なのか」
晴也の脳内にクエスチョンマークが幾つか飛ぶ。晶にこんな風に言われたのは初めてだった。
「何だそれ……俺は晶さんは好きでやってるというか、仕事と割り切って裸で踊ってると思ってたんだけど、違うのか?」
「いやまあ、そうなんだけど」
開脚して床にべったり上半身を倒す晶は、唇を尖らせていた。スタイル良しのイケメンなので、何をしていても絵になる。
「年末に優さんがさぁ、いつまでストリップするんだって彼女から訊かれたらしくて」
優弥は事実婚をしている女性と暮らしている。籍を入れない理由は、少なくとも晴也は聞いたことがない。
「……ふうん、お互いの仕事には口を出さない主義っぽかったのに?」
「彼女的にはやっぱり、優さんが同性の性的な視線に晒されるのが嫌なんじゃないかと」
晴也は晶が何を言いたいのか、大体察した。子どもっぽいなぁとつい失笑が洩れる。
「彼女みたいに俺にやきもち焼いてほしいのか?」
晴也の言葉に、晶はますますぶすっとして、開脚前屈のまま、腕に顔を伏せてしまった。
「……ハルさんはドライ過ぎる」
「俺はダンサーのショウが男からも女からもモテるのを、心配なんかしてないよ……舞台の上の晶さんは客の公僕みたいなもんだから、俺が客から奪う権利は無いだろ」
晴也だって何も感じていない訳ではない。舞台がはねてから、ドルフィン・ファイブは時間の許す限り客席を回って、一人一人に挨拶する。その際にショウにべたべたする客は、男でも女でも殴ってやりたいといつも思っている。
そもそも晶のような、華やかな場所で生きる人間と自分とでは釣り合わない。晴也は彼と出逢った時から、ずっとそう考えてきた。だから身を引こうとは、さすがにもう思わなくなったが。
人の気を知らないのはどっちだよ。晴也も唇を尖らせた。
「うん、でもまあこの格好で踊るの面白そうだから、もし早く上がれる水曜があれば美智生さんと観に来て」
晶は勝手に気持ちを切り替えたらしく、能天気に言った。少し腹が立ったので、背中に覆い被さってやると、晶は晴也の身体の下で、ううっ、と呻いた。
「心に留めとく、ミチルさんは観たがるだろうな」
晴也が答えると、晶は肘で上半身を起こそうとした。仕方ないので退いてやったが、晶はけろっとしている。
「何だハルさん、もう襲ってこないのか……今年は美智生さんに良い人が見つかればいいな、彼は年下はNGなのか?」
晶は晴也のことをお人好しだと言うが、自分もこんな風に、妙なところで他人に気をかける。
「年下は駄目とは聞いたことないよ、若いダンサーにいい子がいるの?」
「真剣交際を望んでるゲイが2人いるぞ」
少し美智生に話してみようか。彼は晴也がめぎつねに勤め始めてから今に至るまで、いつも親身になってくれている。冗談抜きで、晴也は美智生を兄のように思っていた。
とは言え、晴也は美智生の私生活をあまり知らない。銀行に勤めていることや、実家の家族の話をたまに聞くくらいである。
最近晴也は、感染症のごちゃごちゃの中で、晶との暮らしを何とか軌道に乗せることができたせいか、日頃世話になっている周りの人にも幸せになってほしいと考えるようになった。そして、これまで自分のことばかりに必死で、周りを見て来なかったと気づいた。
だから美智生に彼氏を紹介してみるというのも、発想が短絡的な気もするのだが。
「……お節介かなあ」
「彼がほんとは一人が好きだって言うなら、まあ話は進めないよ」
それでも晴也は、明日めぎつねの仕事始めで美智生に会ったら、ちらっと話をしてみようかと思う。
その前に、何を着て店に出るか決めないと。身体を横に倒す晶を視界の隅に入れながら、晴也は立ったままでクローゼットの中身を頭の中でさらい始めた。そんな自分を晶が微笑しながら見つめていることに、晴也は気づいていなかった。
〈書き下ろし〉
「こんな感じ?」
晴也がスマホの画面を向けると、晶はうわ、と言ってから笑った。
「これは……ああ、なるほど……」
「ショウさん似合うんじゃないかな」
「俺のこの姿見てみたい?」
晶が楽しげに訊いてくるので、晴也はうん、と頷いた。しかし彼は、いきなり口をへの字に曲げて不満を示す。
「……ハルさんは俺がこんな格好をして、不特定多数の男に視姦されるのを目の当たりにしても、平気なのか」
晴也の脳内にクエスチョンマークが幾つか飛ぶ。晶にこんな風に言われたのは初めてだった。
「何だそれ……俺は晶さんは好きでやってるというか、仕事と割り切って裸で踊ってると思ってたんだけど、違うのか?」
「いやまあ、そうなんだけど」
開脚して床にべったり上半身を倒す晶は、唇を尖らせていた。スタイル良しのイケメンなので、何をしていても絵になる。
「年末に優さんがさぁ、いつまでストリップするんだって彼女から訊かれたらしくて」
優弥は事実婚をしている女性と暮らしている。籍を入れない理由は、少なくとも晴也は聞いたことがない。
「……ふうん、お互いの仕事には口を出さない主義っぽかったのに?」
「彼女的にはやっぱり、優さんが同性の性的な視線に晒されるのが嫌なんじゃないかと」
晴也は晶が何を言いたいのか、大体察した。子どもっぽいなぁとつい失笑が洩れる。
「彼女みたいに俺にやきもち焼いてほしいのか?」
晴也の言葉に、晶はますますぶすっとして、開脚前屈のまま、腕に顔を伏せてしまった。
「……ハルさんはドライ過ぎる」
「俺はダンサーのショウが男からも女からもモテるのを、心配なんかしてないよ……舞台の上の晶さんは客の公僕みたいなもんだから、俺が客から奪う権利は無いだろ」
晴也だって何も感じていない訳ではない。舞台がはねてから、ドルフィン・ファイブは時間の許す限り客席を回って、一人一人に挨拶する。その際にショウにべたべたする客は、男でも女でも殴ってやりたいといつも思っている。
そもそも晶のような、華やかな場所で生きる人間と自分とでは釣り合わない。晴也は彼と出逢った時から、ずっとそう考えてきた。だから身を引こうとは、さすがにもう思わなくなったが。
人の気を知らないのはどっちだよ。晴也も唇を尖らせた。
「うん、でもまあこの格好で踊るの面白そうだから、もし早く上がれる水曜があれば美智生さんと観に来て」
晶は勝手に気持ちを切り替えたらしく、能天気に言った。少し腹が立ったので、背中に覆い被さってやると、晶は晴也の身体の下で、ううっ、と呻いた。
「心に留めとく、ミチルさんは観たがるだろうな」
晴也が答えると、晶は肘で上半身を起こそうとした。仕方ないので退いてやったが、晶はけろっとしている。
「何だハルさん、もう襲ってこないのか……今年は美智生さんに良い人が見つかればいいな、彼は年下はNGなのか?」
晶は晴也のことをお人好しだと言うが、自分もこんな風に、妙なところで他人に気をかける。
「年下は駄目とは聞いたことないよ、若いダンサーにいい子がいるの?」
「真剣交際を望んでるゲイが2人いるぞ」
少し美智生に話してみようか。彼は晴也がめぎつねに勤め始めてから今に至るまで、いつも親身になってくれている。冗談抜きで、晴也は美智生を兄のように思っていた。
とは言え、晴也は美智生の私生活をあまり知らない。銀行に勤めていることや、実家の家族の話をたまに聞くくらいである。
最近晴也は、感染症のごちゃごちゃの中で、晶との暮らしを何とか軌道に乗せることができたせいか、日頃世話になっている周りの人にも幸せになってほしいと考えるようになった。そして、これまで自分のことばかりに必死で、周りを見て来なかったと気づいた。
だから美智生に彼氏を紹介してみるというのも、発想が短絡的な気もするのだが。
「……お節介かなあ」
「彼がほんとは一人が好きだって言うなら、まあ話は進めないよ」
それでも晴也は、明日めぎつねの仕事始めで美智生に会ったら、ちらっと話をしてみようかと思う。
その前に、何を着て店に出るか決めないと。身体を横に倒す晶を視界の隅に入れながら、晴也は立ったままでクローゼットの中身を頭の中でさらい始めた。そんな自分を晶が微笑しながら見つめていることに、晴也は気づいていなかった。
〈書き下ろし〉
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