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ちょっと真面目にメリー・クリスマス
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晴也はクリスマスイブにもかかわらず、時給に色をつけるからと英子ママに頼まれて、副業先でバタバタしていた。
新宿2丁目の女装バー「めぎつね」は、何故か開店からよく客が入って、ずっと満席である。普段の土曜日はそんなに混まず、のんびり営業しているのだが、24日は予約が数件入っていた。そのため晴也がヘルプで出ることになった。
深緑のワンピースに、白と赤のスカーフでアクセントをつけた晴也は、おつまみチキンやミニケーキといったクリスマスメニューを皿に盛り、スパークリングワインを抜いては客のもとに運ぶ。
「イブにハルちゃんに会えるなんて幸せ」
常連客の柏木に言われて、晴也は笑う。彼はいつも独りで来るが、晴也が顔を合わせるのは木曜のことが多い。
「んなこと言っても何も出ませんよ」
「彼氏はいいの? イブに働いてて」
めぎつねに通って長い客は、晴也の「彼氏」が近所のショーパブのダンサーであることを知っており、柏木は彼氏のダンスも観に行っている客の一人だ。
「うん、明日休みだしチキンもケーキも明日」
晶は昨夜クリスマスショーをこなし、今日は実家のバレエスタジオのクリスマス会で、教え子たちと踊った。晴也が家を出る時は疲れて居眠っていたが、めぎつねの閉店時間に迎えに来てくれる予定だ。
柏木は晴也の作った水割りを口にして、言った。
「2人とも偉いね、昼間はサラリーマンなんだよね?」
「ショウさんはわからないけど、俺はめぎつねが気分転換だったりしますから」
なるほど、と、品の良さそうな初老の男は言う。晴也は節度を持って飲む柏木が好きである。
「今夜は一銭も落とさずですみません」
「いえいえ、昨日から忙しいのにお迎えご苦労さん」
23時にめぎつねに顔を出した晶が、ママと話しているのが聞こえた。閉店作業を免除してもらった晴也は着替えて男に戻り、店内にいるスタッフと、まだ残っている数人の客に挨拶して、晶と店を出た。
「寒いのにありがとう」
晴也が言うと、晶は目を笑いの形にした。以前晴也が帰り道に客に襲われたことがあり、晶は今もやや過保護である。今夜は駅までの道も、まだまだ人通りが多いのに。
「あ、柏木さん、だったっけ」
先を歩くウールのコートの男性に気づき、晶が言った。晴也は、大久保が自宅だと柏木から聞いたことがあった。
男の姿を見せてがっかりされたくないので、距離を置いて駅に向かい、山手線に乗った。しかし晴也と晶が高田馬場で降りると、前の車両に乗った柏木も降りて来た。
「えっ? 柏木さんどこ行くのかな」
晴也が言うと、晶は悪戯っぽく応じる。
「尾行してみようか?」
柏木は駅舎を出て、2人の家の方向に進んだ。そして、煌々と入った明かりが大きな窓から洩れ、辺りを照らしている建物に入って行った。その建物の窓は雪の結晶でデコレーションされ、白や赤のLEDの電飾が光っている。クリスマスらしいイルミネーションが、壁についている十字架を浮き上がらせていた。
晴也は晶と建物の前まで来て、やっと気づく。
「あ、ここ教会なんだ」
「イブだからな、これから礼拝なんじゃないか? 柏木さんはクリスチャンか」
建物の扉は開け放されている。晴也がそっと覗きこむと、中で牧師らしき男性と話す柏木に気づかれてしまった。
「こんばんは、これからイエス様の誕生を祝いますから、是非一緒に……」
柏木はにこやかに話しかけてきたが、晴也の顔をまじまじと見て、後ろから覗いている晶に気づき目を丸くした。
「ハルちゃん……と、ショウさん?」
ああ、2人とも眼鏡してるのにバレた。先程はどうも、と晴也は苦笑するしかない。
晶はついと晴也の横に来て、こんばんは、と明るく挨拶した。
「同性カップルが入っていいのでしたら、お邪魔させてください」
柏木はええ、と応じ、牧師ももちろん歓迎します、とマスク越しに笑う。
「私が行きつけてるバーとショーパブの売れっ子さんたちです」
柏木は堂々と牧師に話す。ほう、と楽しげに言う牧師を見て、随分と緩いんだなと晴也は驚いた。そして、中に入るべくあっさりと靴を脱ぎ始める晶にも驚き、彼のコートの袖を引いた。
「おい、いいのか?」
晶は笑った。
「大丈夫だ、ロンドンにいた頃もクリスマスは教会に行ったよ、誰が来ても歓迎してくれる」
柏木は晴也と晶のためにスリッパを出してくれた。
「クリスマスは皆でお祝いするものですから、歌ってお茶を飲んで帰ってください」
まあいいか、教会でクリスマスを迎えるってのも。どんなことするのか、ちょっと興味あるし。晴也も靴を脱いだ。
「クリスマスは祈る日だ、男同士が好きあっても誰も白い目で見ず、罪の無い人が戦争で死ななくていい日が来るようにってね」
晶は至極真面目に晴也に言った。晴也は晶の黒い瞳を見つめてから頷き、彼の差し出す手を取った。
〈初出 2022.12.24 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:クリスマス、イルミネーション〉
新宿2丁目の女装バー「めぎつね」は、何故か開店からよく客が入って、ずっと満席である。普段の土曜日はそんなに混まず、のんびり営業しているのだが、24日は予約が数件入っていた。そのため晴也がヘルプで出ることになった。
深緑のワンピースに、白と赤のスカーフでアクセントをつけた晴也は、おつまみチキンやミニケーキといったクリスマスメニューを皿に盛り、スパークリングワインを抜いては客のもとに運ぶ。
「イブにハルちゃんに会えるなんて幸せ」
常連客の柏木に言われて、晴也は笑う。彼はいつも独りで来るが、晴也が顔を合わせるのは木曜のことが多い。
「んなこと言っても何も出ませんよ」
「彼氏はいいの? イブに働いてて」
めぎつねに通って長い客は、晴也の「彼氏」が近所のショーパブのダンサーであることを知っており、柏木は彼氏のダンスも観に行っている客の一人だ。
「うん、明日休みだしチキンもケーキも明日」
晶は昨夜クリスマスショーをこなし、今日は実家のバレエスタジオのクリスマス会で、教え子たちと踊った。晴也が家を出る時は疲れて居眠っていたが、めぎつねの閉店時間に迎えに来てくれる予定だ。
柏木は晴也の作った水割りを口にして、言った。
「2人とも偉いね、昼間はサラリーマンなんだよね?」
「ショウさんはわからないけど、俺はめぎつねが気分転換だったりしますから」
なるほど、と、品の良さそうな初老の男は言う。晴也は節度を持って飲む柏木が好きである。
「今夜は一銭も落とさずですみません」
「いえいえ、昨日から忙しいのにお迎えご苦労さん」
23時にめぎつねに顔を出した晶が、ママと話しているのが聞こえた。閉店作業を免除してもらった晴也は着替えて男に戻り、店内にいるスタッフと、まだ残っている数人の客に挨拶して、晶と店を出た。
「寒いのにありがとう」
晴也が言うと、晶は目を笑いの形にした。以前晴也が帰り道に客に襲われたことがあり、晶は今もやや過保護である。今夜は駅までの道も、まだまだ人通りが多いのに。
「あ、柏木さん、だったっけ」
先を歩くウールのコートの男性に気づき、晶が言った。晴也は、大久保が自宅だと柏木から聞いたことがあった。
男の姿を見せてがっかりされたくないので、距離を置いて駅に向かい、山手線に乗った。しかし晴也と晶が高田馬場で降りると、前の車両に乗った柏木も降りて来た。
「えっ? 柏木さんどこ行くのかな」
晴也が言うと、晶は悪戯っぽく応じる。
「尾行してみようか?」
柏木は駅舎を出て、2人の家の方向に進んだ。そして、煌々と入った明かりが大きな窓から洩れ、辺りを照らしている建物に入って行った。その建物の窓は雪の結晶でデコレーションされ、白や赤のLEDの電飾が光っている。クリスマスらしいイルミネーションが、壁についている十字架を浮き上がらせていた。
晴也は晶と建物の前まで来て、やっと気づく。
「あ、ここ教会なんだ」
「イブだからな、これから礼拝なんじゃないか? 柏木さんはクリスチャンか」
建物の扉は開け放されている。晴也がそっと覗きこむと、中で牧師らしき男性と話す柏木に気づかれてしまった。
「こんばんは、これからイエス様の誕生を祝いますから、是非一緒に……」
柏木はにこやかに話しかけてきたが、晴也の顔をまじまじと見て、後ろから覗いている晶に気づき目を丸くした。
「ハルちゃん……と、ショウさん?」
ああ、2人とも眼鏡してるのにバレた。先程はどうも、と晴也は苦笑するしかない。
晶はついと晴也の横に来て、こんばんは、と明るく挨拶した。
「同性カップルが入っていいのでしたら、お邪魔させてください」
柏木はええ、と応じ、牧師ももちろん歓迎します、とマスク越しに笑う。
「私が行きつけてるバーとショーパブの売れっ子さんたちです」
柏木は堂々と牧師に話す。ほう、と楽しげに言う牧師を見て、随分と緩いんだなと晴也は驚いた。そして、中に入るべくあっさりと靴を脱ぎ始める晶にも驚き、彼のコートの袖を引いた。
「おい、いいのか?」
晶は笑った。
「大丈夫だ、ロンドンにいた頃もクリスマスは教会に行ったよ、誰が来ても歓迎してくれる」
柏木は晴也と晶のためにスリッパを出してくれた。
「クリスマスは皆でお祝いするものですから、歌ってお茶を飲んで帰ってください」
まあいいか、教会でクリスマスを迎えるってのも。どんなことするのか、ちょっと興味あるし。晴也も靴を脱いだ。
「クリスマスは祈る日だ、男同士が好きあっても誰も白い目で見ず、罪の無い人が戦争で死ななくていい日が来るようにってね」
晶は至極真面目に晴也に言った。晴也は晶の黒い瞳を見つめてから頷き、彼の差し出す手を取った。
〈初出 2022.12.24 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:クリスマス、イルミネーション〉
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