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アリスが誘うワンダーランド
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すっかり寒くなったこともあって、晴也は白いふわふわしたニットに、深い緑色がベースの、タータンチェックのロングスカートを合わせてみた。クリスマスっぽいなと我ながら思う。
コートとマフラーで防寒し、実家にレッスンに行っている晶を、百貨店の前で待つ。彼の母親はバレエスタジオを運営しており、来週はクリスマス会を3年ぶりに開催する予定である。指導者として手伝う晶は、サンタクロースかトナカイの姿で子どもたちと踊るのだ。今日はそのリハーサルらしい。
百貨店に特に目的は無く、プレバーゲンやクリスマスのお菓子をチラ見したいだけだ。最近外食もしていないので、気が向けば何か食べて帰ろうと話していた。
その百貨店は、例年クリスマスの時期に趣向を凝らしたショーウィンドウをつくることで有名だ。店の前のコンコースのイルミネーション共々、毎年楽しみにしている人も多い。晴也は副業先の女装バーで、今年も凄いという噂を耳にして、ちょっと見てみたくなったのだった。
ショーウィンドウの前で、晴也の他にも待ち合わせをしている人が沢山いた。『不思議の国のアリス』をテーマにしたウィンドウを撮ろうと、スマートフォンをかざす人が来るたびに、晴也は横に避けてやる。
ライトで縁取られたウィンドウの中には、時計を手に持つうさぎが座っていた。巨大化したクリスマスオーナメントが飾られ、アリスらしき女の子が驚いた顔でスカートをはためかせている。過剰なまでの装飾がきらきら光って雪が降る。まるで巨大なスノードームだ。
その時、コンコースがふっと暗くなった。僅かに照明が落ちただけだが、晶がショーパブの舞台で踊り始める時のような期待感が、辺りに満ちる。
リンゴン、と鐘の音が聞こえてきた。コンコースの天井のイルミネーションに、少しずつ明かりが入っていく。大きな鐘と、それを飾る光のアラベスクのようなト音記号。わあっと、思わずといった声が上がった。晴也もイルミネーションを見上げて、その煌めきに目を見張った。
「ごめん、待たせた」
晴也は軽く肩を叩かれて、我に返った。眼鏡をかけて、マフラーをぐるぐる巻きにした晶だった。腕時計を見ると約束の19時で、彼が遅れた訳ではない。
「別に待ってない、イルミも楽しいし」
晶も天井に目をやった。
「綺麗だなぁ、今までちゃんと見たことなかったけど」
「だよな、俺もちょっとびっくり……時間ちょうどになったら暗くなるみたい」
鐘の周りに散る小さな明かりは、降る雪のようだ。晴也はショーウィンドウを指さす。
「こっちも綺麗だぞ、イギリスのアンティーク感があるような」
晶はウィンドウを覗きこみ、おおっ、と感嘆の声を上げる。子どもみたいで笑えた。
「こんな舞台やってみたいな」
「ルーチェで? クリスマスに?」
晴也は笑い混じりに言ったが、こちらを見た晶の目には真剣味があった。
「たまにはお客様が童心にかえることができるような演出もしたいんだよな、ルーチェは大人のための空間ではあるんだけど」
晴也はいいと思う、と同意する。晶と、ルーチェで一緒に踊っている優弥は、ダンサーであると同時に、振付家や演出家でもある。日頃からネタ探しに余念が無いのだ。
晶と並んでウィンドウの前に立つと、不思議な空間に引き込まれそうな感じがした。時計を手にしたうさぎについて、二人して見たこともない場所に行く。
そんなことを考えていると、自分たちのほうが、二人きりで大きなスノードームに閉じ込められたような錯覚に陥りそうだった。すいと辺りのざわめきが遠くなり、目の前のアリスは晴也と晶を見て、くすっと笑いを洩らすのだ。……あなたたちの目に映るものの形は、ほんとうに全てが正しいのかしら?
晶は晴也を覗き込んできた。
「大丈夫か? 魂抜かれた?」
晴也が小さく笑うので、晶は少し心配そうな顔になった。
「何だよショウさん、変な顔して」
「ハルさんがめちゃくちゃぼんやりしてるから」
「何かアリスに幻惑されかけた」
何だそれ、と晶は笑う。晴也は言った。
「ルーチェでこんな舞台やるなら楽しみだ」
「そうか、一場面アリスの世界観にしてもいいな……ハルさん、この格好して舞台を横切ってみないか?」
水色のワンピースのアリスを指さした晶の提案に、は? と思わず返した。彼は楽しげに言う。
「スノードームみたいに吹雪散らして、ただ歩いて去るアリスに俺が振り回されるとか思いついた……二人舞台」
「前衛的だなぁ」
晴也は笑ったが、面白そうだと思ってしまう。何となく、自分と晶の間で、スノードームというイメージを共有している感じがするのも楽しい。
晴也は思う。目に映るものの形は当てにならなくても、胸の奥深くで捕らえるものの姿は信じたい。例えば、こんなちょっとした、晶とのイマジネーションのシンクロとか。
〈初出 2022.12.10 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:スノードーム、二人きり〉
☆晴也と晶は東京都内に暮らしていますが、穂祥は東京のクリスマスイルミの名所を知りませんので、2人が見ているのは、大阪・梅田の阪急百貨店のデコレーションです(酷い設定、お許しください)。
コートとマフラーで防寒し、実家にレッスンに行っている晶を、百貨店の前で待つ。彼の母親はバレエスタジオを運営しており、来週はクリスマス会を3年ぶりに開催する予定である。指導者として手伝う晶は、サンタクロースかトナカイの姿で子どもたちと踊るのだ。今日はそのリハーサルらしい。
百貨店に特に目的は無く、プレバーゲンやクリスマスのお菓子をチラ見したいだけだ。最近外食もしていないので、気が向けば何か食べて帰ろうと話していた。
その百貨店は、例年クリスマスの時期に趣向を凝らしたショーウィンドウをつくることで有名だ。店の前のコンコースのイルミネーション共々、毎年楽しみにしている人も多い。晴也は副業先の女装バーで、今年も凄いという噂を耳にして、ちょっと見てみたくなったのだった。
ショーウィンドウの前で、晴也の他にも待ち合わせをしている人が沢山いた。『不思議の国のアリス』をテーマにしたウィンドウを撮ろうと、スマートフォンをかざす人が来るたびに、晴也は横に避けてやる。
ライトで縁取られたウィンドウの中には、時計を手に持つうさぎが座っていた。巨大化したクリスマスオーナメントが飾られ、アリスらしき女の子が驚いた顔でスカートをはためかせている。過剰なまでの装飾がきらきら光って雪が降る。まるで巨大なスノードームだ。
その時、コンコースがふっと暗くなった。僅かに照明が落ちただけだが、晶がショーパブの舞台で踊り始める時のような期待感が、辺りに満ちる。
リンゴン、と鐘の音が聞こえてきた。コンコースの天井のイルミネーションに、少しずつ明かりが入っていく。大きな鐘と、それを飾る光のアラベスクのようなト音記号。わあっと、思わずといった声が上がった。晴也もイルミネーションを見上げて、その煌めきに目を見張った。
「ごめん、待たせた」
晴也は軽く肩を叩かれて、我に返った。眼鏡をかけて、マフラーをぐるぐる巻きにした晶だった。腕時計を見ると約束の19時で、彼が遅れた訳ではない。
「別に待ってない、イルミも楽しいし」
晶も天井に目をやった。
「綺麗だなぁ、今までちゃんと見たことなかったけど」
「だよな、俺もちょっとびっくり……時間ちょうどになったら暗くなるみたい」
鐘の周りに散る小さな明かりは、降る雪のようだ。晴也はショーウィンドウを指さす。
「こっちも綺麗だぞ、イギリスのアンティーク感があるような」
晶はウィンドウを覗きこみ、おおっ、と感嘆の声を上げる。子どもみたいで笑えた。
「こんな舞台やってみたいな」
「ルーチェで? クリスマスに?」
晴也は笑い混じりに言ったが、こちらを見た晶の目には真剣味があった。
「たまにはお客様が童心にかえることができるような演出もしたいんだよな、ルーチェは大人のための空間ではあるんだけど」
晴也はいいと思う、と同意する。晶と、ルーチェで一緒に踊っている優弥は、ダンサーであると同時に、振付家や演出家でもある。日頃からネタ探しに余念が無いのだ。
晶と並んでウィンドウの前に立つと、不思議な空間に引き込まれそうな感じがした。時計を手にしたうさぎについて、二人して見たこともない場所に行く。
そんなことを考えていると、自分たちのほうが、二人きりで大きなスノードームに閉じ込められたような錯覚に陥りそうだった。すいと辺りのざわめきが遠くなり、目の前のアリスは晴也と晶を見て、くすっと笑いを洩らすのだ。……あなたたちの目に映るものの形は、ほんとうに全てが正しいのかしら?
晶は晴也を覗き込んできた。
「大丈夫か? 魂抜かれた?」
晴也が小さく笑うので、晶は少し心配そうな顔になった。
「何だよショウさん、変な顔して」
「ハルさんがめちゃくちゃぼんやりしてるから」
「何かアリスに幻惑されかけた」
何だそれ、と晶は笑う。晴也は言った。
「ルーチェでこんな舞台やるなら楽しみだ」
「そうか、一場面アリスの世界観にしてもいいな……ハルさん、この格好して舞台を横切ってみないか?」
水色のワンピースのアリスを指さした晶の提案に、は? と思わず返した。彼は楽しげに言う。
「スノードームみたいに吹雪散らして、ただ歩いて去るアリスに俺が振り回されるとか思いついた……二人舞台」
「前衛的だなぁ」
晴也は笑ったが、面白そうだと思ってしまう。何となく、自分と晶の間で、スノードームというイメージを共有している感じがするのも楽しい。
晴也は思う。目に映るものの形は当てにならなくても、胸の奥深くで捕らえるものの姿は信じたい。例えば、こんなちょっとした、晶とのイマジネーションのシンクロとか。
〈初出 2022.12.10 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:スノードーム、二人きり〉
☆晴也と晶は東京都内に暮らしていますが、穂祥は東京のクリスマスイルミの名所を知りませんので、2人が見ているのは、大阪・梅田の阪急百貨店のデコレーションです(酷い設定、お許しください)。
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