調子に乗るから言わないけど好き 《ハルとショウの短編集》

穂祥 舞

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旅館吉岡へようこそ

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 その日晴也は、残業をせずに仕事を終え、そのまま実家に来いと晶から指示されていた。翌日は2人とも半休を取っており、晶の家に泊まる段取りになっている。
 晴也は晶の家族とそこそこ上手くやっている。彼の母親は、晴也を「きれいで賢い息子」(彼女は実の息子は馬鹿だと見做みなしているようである)と言って可愛がってくれるが、平日の夜に呼ばれるのは初めてだ。何なのだろうと疑問に思いつつ18時に取手駅に着くと、歩ける距離なのに、晶が実家の車で迎えに来ていた。

「福原様、お待ちしておりました」

 晶がうやうやしく白いセダンの後部ドアを開ける。駅舎から出てくる人たちにちらちら見られ、気恥ずかしくなりながら、晴也は車に乗り込んだ。
 ほどなく吉岡家に着くと、晶は晴也の鞄を持ち、玄関の扉を開けて中に入るよううながす。待ち構えていたラブラドールのエリザベスが、のっそりと立ち上がり尻尾を振った。晶のLINEのアイコンでもある彼女はもうおばあさんだが、初めて顔を見た日から、晴也に懐いてくれている。晴也はエリザベスの、柔らかいクリーム色の頭を撫でた。

「リズこんばんは、お邪魔します」
「当館の看板犬でございます、躾は致しておりますがおいたをしたら叱ってください」

 晶のくそ丁寧な口調で、うすうす晴也は事情を察し始めた。玄関も廊下もきれいに掃除してあり、普段使っていないと聞いていた和室に通される。立派な座布団に、机の上には茶菓子まで置いてあり、晴也はマスクを取りながら笑った。

「旅館ごっこなのか? お義父さんとお義母さんは?」

 晴也が訊くと、晶は浴衣を出しながら答えた。

「結婚記念日の旅行中なんだ、俺たちはなかなか一緒に出かけられないから、雰囲気だけでもと思って……先に温泉にどうぞ」
「……ありがとう」

 晶の気遣いと突飛な計画に楽しい気持ちになり、晴也は仕事の疲れが吹き飛ぶのを感じた。借りたという浴衣を抱いて、浴室の入り口にわざわざぶら下げられた暖簾をくぐり、籐のかごに着替えを置いた。檜の風呂とはいかなかったが、広い浴槽に張られた湯は白く濁っていて、雰囲気は楽しめた。晴也はゆっくり身体を洗う。
 風呂から上がると、晶が和室で料理を並べていた。彼も浴衣に着替えていて、似合うなぁと晴也は密かに見惚れていたが、箱に入れられた彩り豊かな和食を見て驚く。

「えっ! こんなのどうしたんだ」
「おふくろがよく使う仕出し屋のだよ、美味しいぞ」

 晶は言いながら瓶ビールの栓を抜き、グラスに注いでくれる。

「じゃあ乾杯、お疲れさま」
「いただきまーす」

 よく冷えて美味しいビールを飲むと、早速料理に箸をつける。確かに上品な味で、こういう料理が久しぶりなこともあり、晴也は大満足だった。エリザベスは和室の入り口に敷かれたレジャーシートの上で、ドッグフードを食べていた。
 雑談をしながら過ごしてお腹がこなれたところで、2度目の風呂を勧められた。晴也は迷いつつ、晶に言う。吉岡家の風呂は、2人が暮らすマンションのそれよりも広い。

「あの、さ……一緒に……」

 晶はああ、と言って笑った。

「嫌だなぁ、今更照れたりして……ハルさんお風呂長いから先入ってて、ちょっと片づけてから行くよ」

 晶はすぐに新しいタオルを持ってきてくれた。晴也は彼の言葉に甘えて、再度浴室に向かう。
 楽しいな、と晴也は素直に喜ぶ。晶はこうして、いろいろなことを思いついては晴也を喜ばせてくれる。流石エンターテイナーだ。彼といると、ほんとうに飽きないのだ。返してあげられるものが自分には無いので、ちょっと申し訳ないけれど。
 その頃晶は、母に干しておくよう頼んでおいた客用の布団を和室に敷いていた。シーツをぴしっと整えた彼が、2つ並べた枕の脇にバスタオルとローションとコンドームを用意し、一人でにやにやしていることなど、浴室で髪をゆっくり洗う晴也は想像していなかった。


〈初出 2022.10.23 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:旅館、温泉〉
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