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ほつれた心が縫い留められる時
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「千種さん、クードゥル・オオニシって……」
驚いた顔の祖父が言いかけた時、失礼いたします、という声とともに、再びキャプテンが入ってきた。
「間もなく開式のお時間でございます、チャペルにご案内いたします……お姉様は新郎新婦様の控室にお寄りください」
「え? あ、はい」
皆で立ち上がり、キャプテンに続く。そのままチャペルに導かれた千種に頷き、亜希は控室に回った。
中には緊張感を満面に湛えた父と、シルバーの礼服を身につけブートニアを胸に挿した丸山、そして介添の女性に髪をチェックしてもらう由希が座っていた。亜希はその一種荘厳な光景に、思わず頭を下げて言う。
「本日はおめでとうございます」
丸山は緊張した声で、ありがとうございます、と応じたが、由希はからからと笑った。
「いやだお姉ちゃん、会社の人みたい」
美容室で髪を整えてもらった時にメイク中の由希と会ったが、盛装した妹は本当に美しかった。自作のパールとスワロフスキーのネックレスを輝かせ、胸元のカシュクールデザインが際立つ、プレーンなサテンのドレスを着て、ピンクと白のバラのブーケを手にしている。彼女が幼い頃に憧れていた、ディズニーのプリンセスのようだった。
「お姉ちゃん、そのドレスほんと素敵ね、大西さんと並んでるとこ早く見たい」
ウエディングドレス姿の由希に言われるとややおかしな感じがしたが、素直にありがと、と答える。
控室にキャプテンが来て、全員をチャペルの扉の前に連れて行く。由希はパニエの入った大きなスカートの裾を介添に持たせて、丸山の後ろに父と並ぶ。入場の順番ということらしい。
由希の左手に招かれた亜希は、キャプテンの言葉に驚かされることになった。
「これからお姉様には、ヴェールダウンセレモニーをお手伝いいただきますね、新婦様からのリクエストです」
バッグを預けるよう、介添が亜希に両手を出した。由希が亜希のほうを向く。
「急にごめんね、しないつもりだったんだけど、昨夜気が変わった」
おいおい、と亜希は突っ込みそうになる。
「……昨日って……どっちかのおばあちゃんに頼めば良かったのに」
このセレモニーが、本来は新婦の母の役目であることは亜希も知っている。ヴェールは悪しきものから花嫁を守るものとされ、それを母親が娘の顔にかけることで、旅立つ支度が締めくくられる。そして、式の途中で花婿がヴェールを上げると、花嫁を守る役目が親から花婿に移るのだ。
「ううん、これはやっぱりお姉ちゃんにしてほしかったの」
亜希はカメラマンから大きなレンズを向けられ緊張を覚えたが、キャプテンの説明通りに、腰を低くした由希に近づいてその後頭部に腕を伸ばした。薄いチュールのヴェールを摘み上げ、由希の顔にゆっくりと掛けるあいだ、カシャカシャと絶え間なくシャッター音が鳴る。父と丸山が見守る中で、亜希は妹のヴェールの皺を伸ばし、きれいに整えた。
由希の身支度を手伝うのは、記憶する限りでは初めてだった。年齢が近いので、そういう世話を焼いたことがない。だが2人とも小学生の頃、熱を出して寝込んだ由希のために、自分の小遣いを握りしめて、彼女の好きなプリンを1人でスーパーに買いに行ったことを不意に思い出し、泣きそうになった。
由希もヴェールの奥で涙を堪えているのがわかったので、彼女の化粧がぐちゃぐちゃにならないよう、亜希は何も言わずに妹を父に託した。
亜希はバッグを持って、キャプテンがそっと開けた扉からチャペルの中に入った。鳴り響くオルガンの音が、高い天井から降り注ぐようで、ちょっと圧倒される。足音をあまり立てないように、指示された最前席に向かった。千種と三波の祖母は3列目に仲良く座っており、これでは誰が本当の孫なのかわからない。
ほどなくして牧師が開式を告げた。音楽が変わり、妹が家族の形を新しく変えるための儀式が始まろうとしていた。
驚いた顔の祖父が言いかけた時、失礼いたします、という声とともに、再びキャプテンが入ってきた。
「間もなく開式のお時間でございます、チャペルにご案内いたします……お姉様は新郎新婦様の控室にお寄りください」
「え? あ、はい」
皆で立ち上がり、キャプテンに続く。そのままチャペルに導かれた千種に頷き、亜希は控室に回った。
中には緊張感を満面に湛えた父と、シルバーの礼服を身につけブートニアを胸に挿した丸山、そして介添の女性に髪をチェックしてもらう由希が座っていた。亜希はその一種荘厳な光景に、思わず頭を下げて言う。
「本日はおめでとうございます」
丸山は緊張した声で、ありがとうございます、と応じたが、由希はからからと笑った。
「いやだお姉ちゃん、会社の人みたい」
美容室で髪を整えてもらった時にメイク中の由希と会ったが、盛装した妹は本当に美しかった。自作のパールとスワロフスキーのネックレスを輝かせ、胸元のカシュクールデザインが際立つ、プレーンなサテンのドレスを着て、ピンクと白のバラのブーケを手にしている。彼女が幼い頃に憧れていた、ディズニーのプリンセスのようだった。
「お姉ちゃん、そのドレスほんと素敵ね、大西さんと並んでるとこ早く見たい」
ウエディングドレス姿の由希に言われるとややおかしな感じがしたが、素直にありがと、と答える。
控室にキャプテンが来て、全員をチャペルの扉の前に連れて行く。由希はパニエの入った大きなスカートの裾を介添に持たせて、丸山の後ろに父と並ぶ。入場の順番ということらしい。
由希の左手に招かれた亜希は、キャプテンの言葉に驚かされることになった。
「これからお姉様には、ヴェールダウンセレモニーをお手伝いいただきますね、新婦様からのリクエストです」
バッグを預けるよう、介添が亜希に両手を出した。由希が亜希のほうを向く。
「急にごめんね、しないつもりだったんだけど、昨夜気が変わった」
おいおい、と亜希は突っ込みそうになる。
「……昨日って……どっちかのおばあちゃんに頼めば良かったのに」
このセレモニーが、本来は新婦の母の役目であることは亜希も知っている。ヴェールは悪しきものから花嫁を守るものとされ、それを母親が娘の顔にかけることで、旅立つ支度が締めくくられる。そして、式の途中で花婿がヴェールを上げると、花嫁を守る役目が親から花婿に移るのだ。
「ううん、これはやっぱりお姉ちゃんにしてほしかったの」
亜希はカメラマンから大きなレンズを向けられ緊張を覚えたが、キャプテンの説明通りに、腰を低くした由希に近づいてその後頭部に腕を伸ばした。薄いチュールのヴェールを摘み上げ、由希の顔にゆっくりと掛けるあいだ、カシャカシャと絶え間なくシャッター音が鳴る。父と丸山が見守る中で、亜希は妹のヴェールの皺を伸ばし、きれいに整えた。
由希の身支度を手伝うのは、記憶する限りでは初めてだった。年齢が近いので、そういう世話を焼いたことがない。だが2人とも小学生の頃、熱を出して寝込んだ由希のために、自分の小遣いを握りしめて、彼女の好きなプリンを1人でスーパーに買いに行ったことを不意に思い出し、泣きそうになった。
由希もヴェールの奥で涙を堪えているのがわかったので、彼女の化粧がぐちゃぐちゃにならないよう、亜希は何も言わずに妹を父に託した。
亜希はバッグを持って、キャプテンがそっと開けた扉からチャペルの中に入った。鳴り響くオルガンの音が、高い天井から降り注ぐようで、ちょっと圧倒される。足音をあまり立てないように、指示された最前席に向かった。千種と三波の祖母は3列目に仲良く座っており、これでは誰が本当の孫なのかわからない。
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