ほつれた心も縫い留めて ~三十路の女王は紳士な針子にぬいぐるみごと愛でられる~

穂祥 舞

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血は水よりも濃いのかもしれない

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 由希は姉の顔をじっと見て、交際相手についてごまかすのを許してくれそうになかった。仕方なく亜希は、彼が小売とは全く違う仕事をしており、たまたまその職場が自分の家に近くて、ハッピーストア鷺ノ宮店が彼の自宅に近いといった情報を与える。

「ついこないだからね、何となくお互いの家に行き来し始めた」
「へぇ、お姉ちゃんにしては積極的じゃない? それにそんな偶然あるんだね、お姉ちゃん土日休みじゃないから、物理的な距離が近いって大きいかもよ」

 言われてみれば、千種との出会いや親しくなる過程は、本当に偶発的な出来事の積み重ねだった。物理的な距離の近さというのは、言い得て妙である。これまでのことを振り返り、亜希は勝手にしみじみとしてしまう。
 千種は優しく、亜希の言うことやることを頭から否定しない。亜希に対してだけでなく、何事においても、思い込みや身勝手な理想を前提に話をしない。彼と一緒にいると、とにかく居心地が良い。亜希までもが、千種がももちゃんにしてくれたように、積もり積もった心の中の薄汚れや、破れてしまって穴が空いたままの柔らかい部分を、元通りにしてくれるような気がする。

「大事にしてくれてる……と思う」

 姉が目線を合わせず答えるのが可笑しかったのか、由希はふふっと鼻から息を抜いた。

「だったらいいの、何だか前の人は話聞いてて、お姉ちゃんの一方通行感が高かったような気がしてたから」

 由希の言葉を聞き、そうだったのかと思った。榊原の話はそんなにしなかったような気がするが。

「ね、その人何してる人? サラリーマン?」
「いや、専門職というか技術職というか……」

 亜希は由希への説明の言葉を探すうち、自分の胸に奇妙なものが盛り上がってくるのを感じた。姉妹の仲は良いほうなので、互いの恋バナは学生時代からある程度暴露し合っている。しかしこれまで、交際を始めた相手の話を妹にする時、こんなに自慢してみたいと思ったことがなかった。

「針子なの、縫製職人」

 由希はフロートの太いストローから唇を離し、目を丸くした。

「そんな人とどうやって知り合ったの? 遂にマッチングアプリに手を出しちゃった?」
「違うの、近所にぬいぐるみを修理する……病院があって、ももちゃんをきれいにしてもらって、その人ももちゃんの主治医」

 亜希は妹が困惑気味になるのを、はらはらして見守る。由希はぬいぐるみにほぼ興味が無かった。父が再婚して2人で家を出る時に、亜希と同様にかつて祖母からプレゼントされたものなどを由希が処分しようとしたので、小さい子は亜希が引き取り、大きくてきれいな子たちは、ネットで引き取り先を探したのだった。

「変な女が変な男に捕まったと思っていますね?」
「いや、針子さんはお仕事だからいいとして、マジでももちゃん修理に出したんだ……結構かかったんでしょ?」
「悔やんでないよ、見てよこれ」

 亜希はスマートフォンをバッグから出して、写真投稿のSNSを開く。羽田空港で撮ったももちゃんの写真は大好評で、千種にポージングを手伝ってもらった一枚は、過去最高のいいねの数を更新中だった。
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