ほつれた心も縫い留めて ~三十路の女王は紳士な針子にぬいぐるみごと愛でられる~

穂祥 舞

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普通の人っぽいGW

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 盆暮れとゴールデンウィークは、小売業勤務者に無関係である。亜希の印象では、最近こういった時期に極度に店が混雑することも減ったが、社員が2連休以上を取るのはまだまだ憚られる。
 ゴールデンウィークを迎えて、店内はパートさんたちの姿がやや少なくなり、稼ぎ時だと言わんばかりに、高校生や大学生のアルバイトが増殖していた。事務部門には学生アルバイトがいないので、亜希と阪口がシフトの中心になるだけだが、レジは朝から顔ぶれの平均年齢が下がる。のんびりと働く子もいるが、この期間に毎日6時間ほどがっつり働き、小遣い増加を目指す子も多いのだ。
 亜希はこの期間中に、阪口をサービスカウンターに派遣して、持ち帰りギフトの販売方法を華村に仕込んでもらうことにした。来たる人員削減に備えて、阪口の選択肢を増やすためである。
 婚活や転職活動がスムーズにいかなくて、しばらく阪口がハッピーストアを辞められない場合、サービスカウンターの手伝いが出来ればお役立ち事務社員の地位を築くことができる。だからレジで教えてもらえと話した時、阪口はええっ、と言って明らかに嫌そうな顔をした。しかしここは亜希が、レディの教養として、熨斗紙のつけ方やTPOに相応しい包装を覚えておいて損は無いと諭した。
 確かに、熨斗の選び方や初歩の包装技術は、日常役立つのだ。これは亜希の実感である。亜希が新入社員の時に配属された蒲田店は、ギフト包装の多い店で、お盆に入ると亜希もサービスカウンターに駆り出された。レジチーフにいろいろ教えてもらう中、熨斗の種類を知らないと、恥をかくかもしれないと感じたのだった。
 阪口に先般の奇妙な電話の正体を伝えると、その人はヤバいから弟さんのほうがいいと思います、と目を丸くしながら答えた。亜希はもう開き直って、週末に買い物に訪れるぬいぐるみ医師とその兄の双方に好意を持たれており、弟のほうがいいと思っている女、を演じている。住野チーフなかなかやるよねと噂されるのはあまり楽しくないが、まあそのうち、管理職と事務部門の連中には事実を話すつもりでいる。
 昼休みに千種からメッセージが来ていたので、弁当箱をテーブルに置き、スマートフォンのロックを外した。
 ぬくもりぬいぐるみ病院のゴールデンウィークの出勤は、カレンダー通りということらしかった。修理が混んでいるため、あいだの平日は病院を閉めた上で、常勤医師だけ作業場に出るという。千種はそれに対して特に不満を口にしなかった。つくづく針を触るのが好きらしい。

「祝日ずっと出勤? 一日くらいデートしませんか?」

 デートという文字にややくすぐったくなったが、千種の提案に異存は無かった。亜希はスケジュール画面を開き、出勤の予定以外に、妹の由希と父と3人で食事をすることしか書かれていないカレンダーを見る。

「4日は休みです」
「あとは?」
「平日は休み、でもそちらは仕事ですよね」
「夜は定時に終わりますよ。では4日空けておいてください、行きたいところや食べたいものがあれば教えてください」

 千種は、5日と6日に大阪に行くと伝えてきた。あの後兄と話す機会は持てていないようだが、母にこの間の件を報告するのだろう。元はといえば、千種の母が兄に話したことがきっかけで、亜希が大西家に身バレしてしまったのだから、千種が母親と喧嘩しないかどうか、亜希は少し心配である。
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