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目指せ寿退社?
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「でも、半日レジに入る生活に耐えられるかなと……」
亜希は正直な気持ちを呟く。華村は入らなくてもいいじゃん、と軽く応じた。
「機械の扱い方と、サービスカウンターの仕事とシフト作りを覚えたらいいのよ、レジチーフも兼任できるわ」
「そんな兼任かなり嫌です、チーフ手当て3倍出してくれるならともかく」
亜希は苦笑しながらサービスカウンターから出ようとした。すると、見たことのある後ろ姿が視界に入る。華村が同じ方を見て、あっ、と言った。
「ぬいぐるみ病院のイケメン医師だ、平日のこんな時間に来るの珍しい」
亜希は動揺を悟られないよう注意しながら、そうなんですか? と話を繋ぐ。ぬくもりぬいぐるみ病院の閉院は19時なので、それより前に千種が鷺ノ宮に戻って来ているということは、早番なのか、とにかくシフトの都合なのだろう。
亜希は今度こそバックヤードに戻ろうとしたが、つい千種の背中を探してしまう。次回は代ぬいを迎えに行く時にしか会えなさそうなので、今挨拶くらいしたい。
亜希は千種の姿をお茶の売り場に見つけて、周りに他の従業員の姿が無いのを確認してから、彼に早足で近づいた。
「あ、こんばんは……住野さんに今メッセージ送ったとこなんだ、もう上がる?」
亜希に気づいた千種は、何げに嬉しそうだった。そんな彼を見ると、亜希の胸の中もほわっと温かくなる。
「はい、大西さんは早番?」
「早番で残業無しだよ……今から家でこの子に病院のタグをつけるんだ、これは持ち帰り残業かな」
千種は言いながら、左肩に掛けた布のトートバッグを亜希に示す。鞄の表面は、妙にでこぼこしていた。ももちゃんをこんな風に持ち歩く亜希には、中身をすぐに察することができた。
「あっ、代ぬい……」
素直に嬉しくなった。
「可愛いよ、顔見てみる?」
「えっ、見たい……ですけどこんな場所で鞄をごそごそしたら、あらぬ疑いをかけられるので我慢しますね」
万引きか、と千種は苦笑して、玄米茶のティーバッグの箱を棚から取り、買い物カゴに入れた。
「ゆっくり買い物して、待ってようか? うちに来てくれるなら、この子今夜中に住野さんに渡せるけど?」
千種は何でもないように訊いてきたが、やけに距離感の近い会話に、亜希はやや戸惑う。
「いいですよ、明日明後日にでも病院に伺います」
「……住野さんは距離を詰めさせてくれないなぁ」
さりげなく呟く千種に、亜希はぎょっとするような、気恥ずかしくなるような、微妙な気持ちになった。
その時、バックヤードに繋がる扉から、レジのアルバイトの大学生が掃除用のバケツを持って出てきた。彼女がちらっとこちらを見たので、亜希は退散することにする。腕時計は19時をほんの少しだけ回っていた。
「……もう上がります、とっとと着替えるから、何なら駐車場がわで待っていてください」
千種の目が笑う。
「ゆっくり着替えてください、まだ全然買い物進んでないので」
亜希は頷き、売り場を離れた。寄り道せずに事務所に向かって、中にいた楠本に、上がる旨を伝えた。
亜希は正直な気持ちを呟く。華村は入らなくてもいいじゃん、と軽く応じた。
「機械の扱い方と、サービスカウンターの仕事とシフト作りを覚えたらいいのよ、レジチーフも兼任できるわ」
「そんな兼任かなり嫌です、チーフ手当て3倍出してくれるならともかく」
亜希は苦笑しながらサービスカウンターから出ようとした。すると、見たことのある後ろ姿が視界に入る。華村が同じ方を見て、あっ、と言った。
「ぬいぐるみ病院のイケメン医師だ、平日のこんな時間に来るの珍しい」
亜希は動揺を悟られないよう注意しながら、そうなんですか? と話を繋ぐ。ぬくもりぬいぐるみ病院の閉院は19時なので、それより前に千種が鷺ノ宮に戻って来ているということは、早番なのか、とにかくシフトの都合なのだろう。
亜希は今度こそバックヤードに戻ろうとしたが、つい千種の背中を探してしまう。次回は代ぬいを迎えに行く時にしか会えなさそうなので、今挨拶くらいしたい。
亜希は千種の姿をお茶の売り場に見つけて、周りに他の従業員の姿が無いのを確認してから、彼に早足で近づいた。
「あ、こんばんは……住野さんに今メッセージ送ったとこなんだ、もう上がる?」
亜希に気づいた千種は、何げに嬉しそうだった。そんな彼を見ると、亜希の胸の中もほわっと温かくなる。
「はい、大西さんは早番?」
「早番で残業無しだよ……今から家でこの子に病院のタグをつけるんだ、これは持ち帰り残業かな」
千種は言いながら、左肩に掛けた布のトートバッグを亜希に示す。鞄の表面は、妙にでこぼこしていた。ももちゃんをこんな風に持ち歩く亜希には、中身をすぐに察することができた。
「あっ、代ぬい……」
素直に嬉しくなった。
「可愛いよ、顔見てみる?」
「えっ、見たい……ですけどこんな場所で鞄をごそごそしたら、あらぬ疑いをかけられるので我慢しますね」
万引きか、と千種は苦笑して、玄米茶のティーバッグの箱を棚から取り、買い物カゴに入れた。
「ゆっくり買い物して、待ってようか? うちに来てくれるなら、この子今夜中に住野さんに渡せるけど?」
千種は何でもないように訊いてきたが、やけに距離感の近い会話に、亜希はやや戸惑う。
「いいですよ、明日明後日にでも病院に伺います」
「……住野さんは距離を詰めさせてくれないなぁ」
さりげなく呟く千種に、亜希はぎょっとするような、気恥ずかしくなるような、微妙な気持ちになった。
その時、バックヤードに繋がる扉から、レジのアルバイトの大学生が掃除用のバケツを持って出てきた。彼女がちらっとこちらを見たので、亜希は退散することにする。腕時計は19時をほんの少しだけ回っていた。
「……もう上がります、とっとと着替えるから、何なら駐車場がわで待っていてください」
千種の目が笑う。
「ゆっくり着替えてください、まだ全然買い物進んでないので」
亜希は頷き、売り場を離れた。寄り道せずに事務所に向かって、中にいた楠本に、上がる旨を伝えた。
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