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気になると言えばそうなんだけど
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その後大西は、これまで自分が修理を担当したぬいぐるみたちには、深い思い入れを持たれていない子はひとつとして無かったと話した。
「だからこそ皆さん、破れを繕い綺麗にしてほしいとおっしゃるんだと……中には大喧嘩をして仲直りできないまま、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた人と死に別れたという持ち主様もいました」
それは辛いだろうと亜希は思う。大西の手がコーヒーカップにかかった。
「そのぬいぐるみに謝り続けることが贖罪なんだとそのかたはおっしゃいました、でも綺麗にして返して差し上げると、許された気がしたと喜んでくださって……そんな風に持ち主様の気持ちが変わることもあります」
「へぇ……それは素敵ですね」
ちょっとした魔法のようだと亜希は思った。ぬいぐるみの傷みや汚れが消え去ると、持ち主のわだかまりも溶けて無くなるなんて。
「では今日、ももさんの入院日を決めていいですか? あまり先延ばしにすると決心が鈍るかもしれないし、春は修理依頼が増えますから、迷う分だけ後回しにされてしまいます」
代ぬいの代理(それはなかなか可笑しな言葉だった)をさせることはともかく、目の前のベテラン針子に大切なももちゃんを預ける意思は固まっていた。亜希は3月に入ったらすぐに、と答える。
大西はコーヒーを飲み干してから、スマートフォンと手帳の両方を見比べ始めた。
「そんなにお忙しいというか、修理依頼多いんですか?」
思わず亜希が問うと、彼はちょっと笑った。
「それもそうなんですが、私が大阪の本院に行く予定が入っていて……もちろん私1人で治療をする訳じゃないですよ、でも1体ずつ主治医を決めていまして、主治医が指示しないと進められないことになってますので」
「へぇ……」
ぬくもりぬいぐるみ病院の中の作業指示書は、そのまま患者のカルテとなるらしい。持ち主が開示を要求すれば、すぐに公開できるようにしているという。
「今月の最終週の月曜か火曜に、ももさんを受け取って……ああでも」
大西の眉間に小さなしわができる。
「それで大阪に行ったら、住野さんが早速独りになってしまうのか」
どうも大西は、3月の1日か2日に出張するらしい。自分の家に彼が来るつもりであることに気づき、亜希はやはりぎょっとしてしまう。
「いいですっ、それは気にしていただかなくてもいいです、大西さんのやりやすいように……」
焦る亜希を見て、大西の口許がほころんだ。
「その週末に、3人患者が来ることが決まってるんですよ……それまでにももさんの治療スケジュールを固めて、始めたいんですよね」
「はい、じゃあ2月末にあの子を預かっていただいて、心置きなく出張に……」
亜希もあたふたと鞄から手帳を出した。ももちゃんの入院は、近所なので手渡ししたいと考えたが、閉院時間は19時である。
「あ……月曜のほうが早く上がれますけど、7時はちょっと厳しいです、やっぱり宅急便で」
亜希が言いかけると、大西はいや、と軽く遮る。
「この日はたぶん9時くらいまで病院にいますね……表は閉めてると思うので、着いたら連絡ください」
残業があるのか。ということは、駐車場で助けてもらった日は、彼はたまたま早く上がれたのかもしれない。そう考えると、亜希は複雑な気分になる。
あの夜、大西がハッピーストアの車が停まっているのに気づいてくれたから、今ここでももちゃんの話をすることができるのだ。もしあの夜、彼が残業をしていたとしたら……。
「住野さん? 大丈夫ですか?」
大西に声をかけられ、亜希は我に返った。
「ごめんなさい、大丈夫……ではそのスケジュールでお願いします」
頭を下げると、大西がはい、と応じてくれた。
「いろいろご不安もあると思いますけど、ももさんのことはお任せください」
「あ、そちらはそんなに心配してません、大西さんを信じてますから……」
亜希の言葉に、大西は少し間を空けてから嬉しげににかっと笑った。意外な反応に、亜希も思わず笑い返した。パンケーキもコーヒーも、きれいに無くなっていた。
「だからこそ皆さん、破れを繕い綺麗にしてほしいとおっしゃるんだと……中には大喧嘩をして仲直りできないまま、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた人と死に別れたという持ち主様もいました」
それは辛いだろうと亜希は思う。大西の手がコーヒーカップにかかった。
「そのぬいぐるみに謝り続けることが贖罪なんだとそのかたはおっしゃいました、でも綺麗にして返して差し上げると、許された気がしたと喜んでくださって……そんな風に持ち主様の気持ちが変わることもあります」
「へぇ……それは素敵ですね」
ちょっとした魔法のようだと亜希は思った。ぬいぐるみの傷みや汚れが消え去ると、持ち主のわだかまりも溶けて無くなるなんて。
「では今日、ももさんの入院日を決めていいですか? あまり先延ばしにすると決心が鈍るかもしれないし、春は修理依頼が増えますから、迷う分だけ後回しにされてしまいます」
代ぬいの代理(それはなかなか可笑しな言葉だった)をさせることはともかく、目の前のベテラン針子に大切なももちゃんを預ける意思は固まっていた。亜希は3月に入ったらすぐに、と答える。
大西はコーヒーを飲み干してから、スマートフォンと手帳の両方を見比べ始めた。
「そんなにお忙しいというか、修理依頼多いんですか?」
思わず亜希が問うと、彼はちょっと笑った。
「それもそうなんですが、私が大阪の本院に行く予定が入っていて……もちろん私1人で治療をする訳じゃないですよ、でも1体ずつ主治医を決めていまして、主治医が指示しないと進められないことになってますので」
「へぇ……」
ぬくもりぬいぐるみ病院の中の作業指示書は、そのまま患者のカルテとなるらしい。持ち主が開示を要求すれば、すぐに公開できるようにしているという。
「今月の最終週の月曜か火曜に、ももさんを受け取って……ああでも」
大西の眉間に小さなしわができる。
「それで大阪に行ったら、住野さんが早速独りになってしまうのか」
どうも大西は、3月の1日か2日に出張するらしい。自分の家に彼が来るつもりであることに気づき、亜希はやはりぎょっとしてしまう。
「いいですっ、それは気にしていただかなくてもいいです、大西さんのやりやすいように……」
焦る亜希を見て、大西の口許がほころんだ。
「その週末に、3人患者が来ることが決まってるんですよ……それまでにももさんの治療スケジュールを固めて、始めたいんですよね」
「はい、じゃあ2月末にあの子を預かっていただいて、心置きなく出張に……」
亜希もあたふたと鞄から手帳を出した。ももちゃんの入院は、近所なので手渡ししたいと考えたが、閉院時間は19時である。
「あ……月曜のほうが早く上がれますけど、7時はちょっと厳しいです、やっぱり宅急便で」
亜希が言いかけると、大西はいや、と軽く遮る。
「この日はたぶん9時くらいまで病院にいますね……表は閉めてると思うので、着いたら連絡ください」
残業があるのか。ということは、駐車場で助けてもらった日は、彼はたまたま早く上がれたのかもしれない。そう考えると、亜希は複雑な気分になる。
あの夜、大西がハッピーストアの車が停まっているのに気づいてくれたから、今ここでももちゃんの話をすることができるのだ。もしあの夜、彼が残業をしていたとしたら……。
「住野さん? 大丈夫ですか?」
大西に声をかけられ、亜希は我に返った。
「ごめんなさい、大丈夫……ではそのスケジュールでお願いします」
頭を下げると、大西がはい、と応じてくれた。
「いろいろご不安もあると思いますけど、ももさんのことはお任せください」
「あ、そちらはそんなに心配してません、大西さんを信じてますから……」
亜希の言葉に、大西は少し間を空けてから嬉しげににかっと笑った。意外な反応に、亜希も思わず笑い返した。パンケーキもコーヒーも、きれいに無くなっていた。
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