ほつれた心も縫い留めて ~三十路の女王は紳士な針子にぬいぐるみごと愛でられる~

穂祥 舞

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気になると言えばそうなんだけど

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「何だか私の中で、住野さんの姿が固まらないんですよね……お仕事なさってる時はかなり作ってらっしゃるってことなんですか?」

 大西は随分とストレートに切り込んできた。店員がコーヒーを持って来たので、気まずい沈黙にはならなかったが、亜希としては返答に困る問いかけだった。
 「事務の女王」の顔を無理に作っているとは思わない。店舗内で怖い人だと思われているほうがやりやすいし、車上狙いを殴り倒したといった噂が出るのは哀しいが、だからと言って優しく甘い事務チーフに変貌することなどできない。

「作ってるつもりは無いです、大西さんは何を基準に……私が仕事中の顔を作ってるとおっしゃるんですか?」

 コーヒーカップを持ったまま、大西は答える。

「いや、接客がしんどい住野さんと、ももさんを撮影してる住野さんは繋がるのかな? 車乗り回して独りで商品持って来て、てきぱき領収書を書く住野さんが別種なのか」
「それも私ですよ」
「でもミッフィのボールペン使ってるし」

 筆記用具にキャラクターのついたものを使うのは、殺伐とした仕事中のちょっとした潤い、である。印鑑に指人形をつけている者も多い。

「……年増がキャラボー使って悪かったですね」

 亜希は砂糖とフレッシュを入れたコーヒーを、やや雑にスプーンでかき混ぜた。大西の苦笑が視界に入る。

「誰もそんなこと言ってません、どうしてぬいぐるみやキャラボーが好きなご自分をそうやって卑下するんですか」

 卑下なんかしていないと返しそうになって、言葉を飲み込んだ。……ちょっと待て、今日はこんな話をしに来たのではない。亜希は気持ちの立て直しを試みる。

「本題に入りませんか、代理のぬいぐるみの件です」

 大西は亜希の言葉に、涼やかな目をゆっくりと瞬いた。

「私の提案に疑問点がおありでしたらどうぞ」
「疑問だらけです、大西さんが私のことを心配してくださっているのはよくわかりましたし申し訳ないと思っています」

 冷めてしまいそうなので、コーヒーをひと口飲む。パンケーキが来て、その甘い香りに意識が向いた。何を言おうとしていたのかが、亜希の頭の中から一瞬飛んだ。

「……だからって大西さんが夜に私の部屋に来るというのはどうなんですか」
「別に夜に部屋に上げろとは言ってません、ご希望なら対応しますよって話です……ベッドからももさんがいなくなったら、寂しいですよね?」
「大西さんは生身の男性です、ももちゃんとは違います」

 そうですね、と真面目に大西は答える。

「住野さんがビッチであろうがなかろうが、襲ったりしません」

 大西が真面目に答えれば答えるほど、亜希の頭の中に、彼に添い寝される自分の姿が浮かんできて、亜希を悩ませる。
 もしかしたら私のほうが、一方的にこの人によこしまな感情を抱いているのでは? 亜希は自分の様子を窺っている目の前の男の顔を、まともに見ることができない。

「あっ、それはもしかして、大西さんにとって私は女性として扱う対象外ということなんですね!」

 ふと閃いたままを口にした亜希は、大西の目が見開かれているのを見た。

「とは言い切れないです、私も女性のお客様の全てにこんな提案はしません」
「じゃあ家に上げる訳にはいかないです」
「だから上げてくれとは言ってないですよ、住野さんの意向に沿って動くので、嫌なら嫌だとおっしゃってくれたらいいんです」

 混乱してきた亜希は、とりあえずパンケーキにナイフを入れた。卵と牛乳の味がして、予想外に美味である。
 どうする。亜希はもぐもぐと口をうごかしながら、整理する。ぬいぐるみ無しで1ヶ月我慢するか、新しい子を買うか、大西につき合ってもらうか。3番目の選択肢が常識外に思えて仕方ないのに、一番魅力的な気がしてならない。
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