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女王は危機一髪で通りがかりの騎士に救われる

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 フロイデホームと聞き、亜希は場所をすぐに理解していた。ぬくもりぬいぐるみ病院と同じ筋にある、こざっぱりした建物だ。今日はきっと節分のイベントがあるのだろう。本来ならこんな日の配達依頼は断るところだが、地元密着型スーパーを掲げているハッピーストアなので、相手先によっては融通をきかせるようにしている。
 この間よりは道路の混雑が見られたが、18時5分前にフロイデハウスの駐車場に着くことができた。亜希はまず眼鏡をかける。オードブルは運べそうなので、袋を両手に下げて、腰で車のドアを閉めた。
 すると、ガラガラと空の台車を転がす音がした。こんばんは、ありがとうございまぁす、と言いながら近づいて来た若い女性はフロイデハウスの従業員らしかった。
 彼女が首から下げていたカードには、山川やまかわ恭子きょうこと書かれていた。担当者である。両手を塞がれた状態で、亜希は頭を下げた。

「こんばんは、ギリギリになりました」
「いえ、大丈夫です、女の人おひとりでこれだけ持って来ていただいたのに」

 亜希は山川のために後部座席のドアの鍵を再度開けた。彼女は台車に菓子の箱を軽々と乗せ、ペットボトルのダース箱も1人で出そうとする。

「ああっ、無理しないでください、腰痛めます」

 亜希はオードブルの袋を慌てて台車に乗せて、それを車に寄せる。2人で箱を引きずり出し、せーの、と声を合わせて台車の隅に移動させた。

「すみません、こちらも今夜は男手が無くて……入居者に運んでもらうのは難しいですし」

 山川は台車を押しながら話す。力自慢のおじいさんはいないのだろうか。店ではたまに、そんな客に女子従業員が助けられることもある。

「グループホームということは、基本的には入居者ご自身でいろいろなさるんですか?」

 亜希の身近には、施設に世話になっている老人はいない。亜希は親たちをすっ飛ばして、自分の老後に思いを馳せたのだった。

「はい、軽度の認知症や車椅子の人もいますけど、昼間は私たちのフォローが無くても問題ないくらいです」
「そうですか……節分の企画も皆さんでされるんですね」
「ええ、イベントは私たちなんかより余程まめにしますよ」

 建物の自動ドアが開くと、3人の老婦人が待ち構えていた。皆髪を整えて、服装もお出かけモードに見える。

「あら、スーパーのかた、女の人がいらしたの? こんな沢山すみませんねぇ」

 わらわらと寄って来た婦人たちに、亜希はオードブルの袋を手渡した。皆大きなマスクをしているが、化粧をしているのがわかる。

「いつものおにいさんは? 今日はお休み?」

 いつもの、とは和田のことだろうか。亜希はいえ、と応じた。

「和田でしたら、出がけにお喋り好きな男性に捕まってしまいまして、長引きそうなので代わりに私が」

 亜希の言葉に、婦人たちはざわめく。

「和田さんはやっぱりお店でも人気があるのね」
「誰にでも気安いものね、転勤して欲しくないわぁ」

 和田のことだ、配達のついでにこのご婦人たちに、転勤が多いことなどをぺらぺら喋っているのだろう。亜希は失笑しそうになる。

「うふふ、でも大西さんのほうが私は好きよ」

 婦人の口から出た名前に、亜希の心臓が小さく跳ねた。いやいや、大西なんてありふれた名前……。亜希は滑稽なくらい動揺する自分を、ちょっと異常だと感じる。

「まああなた、イケメンの大西さんが私たちみたいなおばあさんの相手をしてくれる訳ないじゃない」
「そんな高望みしてないわよ! なぁにあなたこそ、亡くなったご主人の若い頃に似てるだなんて……」

 台車の手すりを握った山川が、彼女らの会話に割り込むタイミングを窺っているが、下手なことをすると猛反発を食らいそうである。婦人たちの会話は続いた。

「それは本当なの、雰囲気がちょっと似てるの……」
「うふふ、じゃあそういうことになさいな」
「でも主人は不器用だったから、破れたぬいぐるみを直すどころか、靴下の穴も塞げなかったわ」

 亜希はひゅっと息を吸った。やっぱりあの人の話だ、何故このおばあさんたちに面が割れているのだろう?
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