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身バレしないはずだった
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「……ももさんの綿の詰め具合だけ決めていただけたら、特に問題なく手術に入れると思います」
大西は言いながら、ももちゃんの耳の間を指先でひと撫でした。
「あとは治療費と、最低3週間はお預かりしたいので、その間住野さんがどうなさるかで折り合いがつけば……というところです」
彼はももちゃんを亜希に差し出した。返して貰えると、やはり少しほっとした。
「はい、少し考えさせてください」
「もちろんです、治療費は先日メールした以上にはならないと思います……車検の代車みたいに、代ぬいぐるみもご用意していますので、ももさんの代わりに多少お役に立てるかと」
大体話が済んだということだろう、大西はマスクをつけ直した。亜希もももちゃんをテーブルに置いて、ポケットのマスクを出す。
「あ、あの……少しだけ写真撮っていいですか?」
亜希はマスクを着けてから言った。大西は一瞬疑問の目になったが、すぐにはい、と答える。
早速、空になった紙カップに蓋をし直した。ももちゃんを座らせてその両脚の間にカップを置き、両手で持っていると見えるよう、位置を調節する。初めての場所で撮影するからか、心なしかももちゃんが楽しそうに見える。
スマートフォンを持った亜希は、身体を傾け素早くシャッターを2回切った。写真の具合は、思ったより悪くなかった。この部屋は明るいのだ。
「綺麗に撮れました、ありがとうございます」
亜希が言うと、撮影の様子を見つめていた大西の目が笑う。
「SNSにぬくもりぬいぐるみ病院内だと書いていただくと、院長が喜びます」
「あ、でも……」
亜希の躊躇いを予想していたのだろう、大西は優しく言った。
「住野さんがもしここをお使いにならなくても、宣伝効果は十分あります」
大西の顔を見ながら、この人はなかなかやり手というか、抜け目ないと亜希は感じていた。食品スーパーの現場では、商品の単価がさして高くはなく、生活必需品を取り扱うこともあり、商品知識は求められるが営業の能力はさして必要無い。今の大西のように、絶妙に押したり引いたりする話術を相手に仕掛けるのは、本社のバイヤーくらいだろう。
大西は、もし病院を使わなくても、などと、わかっていて言っているに違いないのだ。亜希がももちゃんを彼に託す方向に傾いていることを。
それでも亜希は、今決めるのを避けた。やはり心の準備が必要だった。
ももちゃんをバッグに入れて椅子から腰を上げると、大西も無駄の無い動きで立ち上がり、亜希に向かって頭を下げた。
「お越しいただきありがとうございました、良いお返事を待っております……あとで代ぬいぐるみたちの写真と紹介文をメールしますので、暇潰しにお楽しみください」
大西が制服のポケットから名刺入れを出し、1枚をテーブルの上に滑らせるのを、亜希は眺める。弁当を配達した時受け取った名刺は、惣菜チーフに渡してしまったので、そのまま手にして財布に入れておいた。
タイミングを見計らっていたのか、先程受付にいた若い医師と、ホームページで写真を見た院長が奥から出てきて、ありがとうございました、と声をかけてきた。彼らに会釈し、亜希は入り口のドアに向かう。
ここでぬいぐるみを修理しているのは、男性ばかりなのだろうか。医師の姿をしたお針子男子が3人並ぶ様子は、何となくコスプレイベント中のホストクラブ(そんな店が存在するのかどうか亜希は知らないが)のようだった。
「何かあればいつでも連絡ください、住野さんとももさんのために全力を尽くします」
トップ3を争っているホストっぽい男ににこやかに言われて、はい、ありがとうございます、と返さざるを得ない。
あっいけない、社会人として礼を失するところだった。亜希は慌てて大西を振り返った。
「コーヒーご馳走様でした、美味しかったです」
それは良かったです、と大西は応じた。彼の背後に立つ2人も、にこにこしているのがマスク越しでもわかる。何の店に自分が来たのか、亜希は一瞬わからなくなった。トートバッグから覗くももちゃんの耳を視界に入れて、亜希はやっと意識を現実に戻したのだった。
大西は言いながら、ももちゃんの耳の間を指先でひと撫でした。
「あとは治療費と、最低3週間はお預かりしたいので、その間住野さんがどうなさるかで折り合いがつけば……というところです」
彼はももちゃんを亜希に差し出した。返して貰えると、やはり少しほっとした。
「はい、少し考えさせてください」
「もちろんです、治療費は先日メールした以上にはならないと思います……車検の代車みたいに、代ぬいぐるみもご用意していますので、ももさんの代わりに多少お役に立てるかと」
大体話が済んだということだろう、大西はマスクをつけ直した。亜希もももちゃんをテーブルに置いて、ポケットのマスクを出す。
「あ、あの……少しだけ写真撮っていいですか?」
亜希はマスクを着けてから言った。大西は一瞬疑問の目になったが、すぐにはい、と答える。
早速、空になった紙カップに蓋をし直した。ももちゃんを座らせてその両脚の間にカップを置き、両手で持っていると見えるよう、位置を調節する。初めての場所で撮影するからか、心なしかももちゃんが楽しそうに見える。
スマートフォンを持った亜希は、身体を傾け素早くシャッターを2回切った。写真の具合は、思ったより悪くなかった。この部屋は明るいのだ。
「綺麗に撮れました、ありがとうございます」
亜希が言うと、撮影の様子を見つめていた大西の目が笑う。
「SNSにぬくもりぬいぐるみ病院内だと書いていただくと、院長が喜びます」
「あ、でも……」
亜希の躊躇いを予想していたのだろう、大西は優しく言った。
「住野さんがもしここをお使いにならなくても、宣伝効果は十分あります」
大西の顔を見ながら、この人はなかなかやり手というか、抜け目ないと亜希は感じていた。食品スーパーの現場では、商品の単価がさして高くはなく、生活必需品を取り扱うこともあり、商品知識は求められるが営業の能力はさして必要無い。今の大西のように、絶妙に押したり引いたりする話術を相手に仕掛けるのは、本社のバイヤーくらいだろう。
大西は、もし病院を使わなくても、などと、わかっていて言っているに違いないのだ。亜希がももちゃんを彼に託す方向に傾いていることを。
それでも亜希は、今決めるのを避けた。やはり心の準備が必要だった。
ももちゃんをバッグに入れて椅子から腰を上げると、大西も無駄の無い動きで立ち上がり、亜希に向かって頭を下げた。
「お越しいただきありがとうございました、良いお返事を待っております……あとで代ぬいぐるみたちの写真と紹介文をメールしますので、暇潰しにお楽しみください」
大西が制服のポケットから名刺入れを出し、1枚をテーブルの上に滑らせるのを、亜希は眺める。弁当を配達した時受け取った名刺は、惣菜チーフに渡してしまったので、そのまま手にして財布に入れておいた。
タイミングを見計らっていたのか、先程受付にいた若い医師と、ホームページで写真を見た院長が奥から出てきて、ありがとうございました、と声をかけてきた。彼らに会釈し、亜希は入り口のドアに向かう。
ここでぬいぐるみを修理しているのは、男性ばかりなのだろうか。医師の姿をしたお針子男子が3人並ぶ様子は、何となくコスプレイベント中のホストクラブ(そんな店が存在するのかどうか亜希は知らないが)のようだった。
「何かあればいつでも連絡ください、住野さんとももさんのために全力を尽くします」
トップ3を争っているホストっぽい男ににこやかに言われて、はい、ありがとうございます、と返さざるを得ない。
あっいけない、社会人として礼を失するところだった。亜希は慌てて大西を振り返った。
「コーヒーご馳走様でした、美味しかったです」
それは良かったです、と大西は応じた。彼の背後に立つ2人も、にこにこしているのがマスク越しでもわかる。何の店に自分が来たのか、亜希は一瞬わからなくなった。トートバッグから覗くももちゃんの耳を視界に入れて、亜希はやっと意識を現実に戻したのだった。
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